第三十二話 デザートの時間
黒松ヒマリはカップティラミスを手に取った。
「ありがとう」
「うん!」
愛沢ノアはロールケーキを容器ごと取り出し、プラスチックのスプーンでスポンジ側から食べていく。
「ティラミスなんて初めて」
カップを開け、プラスチックのスプーンでココアパウダーとマスカルポーネを掬いながら、ヒマリは呟いた。
「そう……なんだ? あんまり食べない感じ?」
「七才の時に、ミルクチョコを食べたきりね」
初めてのティラミスに臆することなく、ヒマリは小さな口に運んだ。
目を細め、じっくりと味を確かめる。
「……最初の粉とスポンジ部分に苦みがある、でもその下のクリームが甘くて、不思議な味」
淡々と感想を呟いたヒマリに、ノアはもう一言を期待して前のめりになった。
「つまり」
「つまり……美味しい」
「よ、良かったぁー」
ホッと胸を撫で下ろしたノア。
「大げさな反応ね。甘い物は脳の疲労回復に効果的なのは知ってるのよ。でも独りだと甘い物が欲しいなんて思わなかったから、ノアとミクのおかげね」
「えへぇそうかなぁー、えっ……」
安心したはずが、一気にざわつき始め、ノアの表情が曇ってしまう。
ヒマリは至って冷静で、平然とした表情で、後輩の名を口にした――。




