第二十九話 そのままでいい
部活棟に貼られた『テスト期間中は部活禁止!』にノアはギュッとカバンの持ち手を握り締めた。
貼り紙の余白には『テスト結果当日も!』という走り書き。
マナカの姿もない。
ノアはキョロキョロと辺りを見回した。
「誰か探してるの?」
「あ……えと」
細長い目に薄い眉、口元で優しく微笑んだ上級生が、ノアに向かって歩きながら声をかけた。
俯くノアに上級生は傾げる。
「もしかして、マナカを探してる?」
ノアは躓くように頷いた。
「自主練してから帰るとか言ってたので……えーと」
上級生は顎に手を添え、細長い目でどこかを睨んだ。
「やっぱり、アイツめ……ごめんね、貼り紙に書いてある通りだから、ここには来てないかな」
申し訳なさそうに優しい口調で話す。
ノアは柔く小さな笑みで「ありがとうございます」と返した。
「多分、学校の裏にある公園だと思う。会うなら言っといて、勉強しろって。じゃあね」
颯爽と立ち去っていく上級生の背中に、ノアは縮こまった背中をゆっくり伸ばす。
それから小走りで校舎を出て、裏の公園に向かった。
公園の真ん中で、サッカーボールが乾いた音を立てながらリズムよく跳ねる。
一心同体のように、必ずマナカの膝や足の甲にボールが吸い込まれていく。
地面に落ちることなく、マナカと宙を行き来する。
ノアはゆっくり、カバンの持ち手を握り締めて近づいた。
「マナカちゃん」
「あれ、どうかした?」
気さくな笑みを浮かべたマナカは、サッカーボールを足の甲で受け止める。
軽く蹴り上げ、脇に抱えた。
午後のベンチに腰掛ける。
「ヒマリちゃんのこと、聞いてもいい?」
マナカはあからさまに眉をひそめた。
首を小さく振り、サッカーボールを指先で圧す。
「ノア、ごめん――アタシは何も言えないよ。ヒマリが何か言ってた?」
「ううん、ただ……その、スマホをよく学校に忘れてるみたいで、もしかして親が凄い厳しい家庭なのかなぁって」
ノアは言葉を探りながら訊ねる。
隣をちらっと覗けば、サッカーボールを見つめるマナカの横顔が見えた。
軽く鼻で笑い、苦い笑みをノアに向けている。
「ヒマリは抜けてるとこあるし――忘れ物ぐらいするよ」
「そう、なのかなぁ。さすがにヒマリちゃんの事情に踏み込むつもりないけど……私、友達として何かできるか知りたくて」
「十分ヒマリは楽しいと思ってるから大丈夫だよ。あんま心配すると、向こうから離れるよ」
ちくりとノアの胸を刺した。
彼女の言動に俯いてしまう。
「で、ノアはテストどうだった?」
刺したかと思えば、スッと抜くように会話が変わった。
真っ直ぐに見つめ返すことができず、ノアは自分の膝と隣のサッカーボールに、何度も視線を動かす。
「え、えぇーと、まぁまぁかな」
「アタシも英語はまぁ良かったけど、他はぼちぼち」
会話の合間に数秒の沈黙が流れる。
マナカの言葉を拾う。
「え、英語、得意なんだ?」
「じいちゃんに英語はやっとけって言われてるから」
「マナカちゃんは卒業したら、サッカーで留学とか?」
「ボール遊びを続けるか、じいちゃんの書店を手伝うか、そんなところ」
引っ掛かる言い方に、ノアは顔を上げた。
「ボール遊びって?」
「サッカーのこと。部員のみんなに聞かれたら袋叩きにされるね」
マナカの気の抜けた冗談に、ノアはつられてクスっと笑う。
ふと思い出した上級生の伝言を、そっと頭の隅に置いた――。




