第二十八話 誘い
期末テストを終え、採点された解答用紙が紙ヒコーキになって教室内を飛ぶ。
他生徒がふざけ合い、机の端に手をかけ、通り過ぎていく。
隣の席ではクラスメイトが、バニラの香りがするハンドクリームを塗りながら、嬉しそうに友達と談笑する。
「テストギリやばかったねー、特に数学が平均点ギリギリ、でも家庭と保体結構いい点だったから、頑張ったご褒美に焼肉だって。おばあちゃんがご馳走してくれるんだ」
「超いいじゃん、アタシ駅前の回転寿司だよ。でもパパと外食とかすっごい久しぶり」
テスト終わりのご馳走が耳に入り込んでくる。
ノアはバニラの甘い香りのせいで、黒いセーラー服と三つ編みおさげ、丸メガネの奥で凍てついた瞳を崩す、黒松ヒマリの微笑みが思い浮かんでしまう。
ブルっと震えたスマートフォンに目がいく。
今度は母親から『期末テストお疲れー、今日はね、お父さんがご飯食べに行こうって、だから早く帰ってきてよー』というメッセージが送られてきた。
《そんな気分じゃないなぁ――うーん》
「マナカーたまには一緒に帰ろうよ」
胸の奥をチクリと突く名前に、口元が硬くなる。
「ごめーん、ちょっと今日は自主練したいからまた今度ね」
谷崎マナカは快活な声色と爽やかな笑顔で浮かべて、さっさと教室から出ていく。
「えぇーテスト期間中もずっと自主練してたじゃん」
「でも凄いよねぇ、わたしだったら絶対真似できないもん」
「ノアは新しいカフェ寄ってく?」
今度はノアに誘いの声がかかる。
スマホをちらっと見たあと、教室の入り口にある席に目を向けた。
眉を下げて、半端に微笑む。
「ごめん、私も今日は用事があって」
「えぇーそうなの? じゃあおススメ探しとくから、今度一緒に行こうね」
「うん、ありがとう。またね」
カバンを肩にかけ、ノアはなるべく急ぎ足で教室から出る。
親には『今日は行けないよ。二人だけで行ってきて』とだけ返事をした。




