第二十三話 異質な子
棒棒鶏の定食をご馳走になった愛沢ノアは感謝を伝えた。
ミクたち家族は揃って棘のない笑顔を振り撒いている。
まばらだった客は徐々に増え始め、近所の家族連れが席を埋めていった。
「では先輩、場所を変えましょう。ワタシの部屋にどうぞどうぞ」
厨房と繋がるアーチ状の開口を通り、薄暗い廊下を進む。
小柄で華奢、ノアと変わらない背丈が前を進む。
ふんわり揺れるポニーテールに、自然と目がいく。
一人分の階段幅を上がって、廊下奥の突き当り、スライド式の扉を開けた。
「お、おじゃまします」
「どぞー」
入って最初に目に入り込んだのは、ベッドとテーブルの上に積まれた膨大な情報が集まった紙媒体の束。
散らかり放題で、本棚から苦しい呻く声が聞こえてもおかしくないほどギュウギュウに詰められた本の列。
床には栞替わりの付箋がたくさんページに挟まった本の群れ。
ミクは本を隅に寄せて、折り畳み式のローテーブルをベッドの下から取り出す。
部屋の中央に置くと、ちょこんと床に座る。
手招かれ、ノアもローテーブルの前に座った。
「ではでは、本題に入りましょう。ヒマリ先輩のことをもっと知りたいと思ったことはありませんか?」
落ち着く暇もなく本題に入り、ノアは口を何度か動いた。
「えぅっ、知りたいって、それはどういう……意味で?」
「ヒマリ先輩は自分のことを話そうとしません。ワタシが一方的に話しかけることが多いので仕方ないんですが、家のことや普段の生活を訊いても『普通よ』としか答えてくれません。でも、好きな人を知りたいって思うのは自然なことですよね?」
「うん……うん? 好きってどういうこと?」
流れるように頷いたノアだが、次の瞬間にはテーブルに手をついて、上半身が飛び越えそうになるほど前のめりになった。
ミクはベッド上にある手帳を掴むと、ページをめくった。
「好きな人の定義、恋愛対象、親しくなりたい、憧れ、家族、いくつかありますね。ワタシの場合、好奇心の方が強いですけど、好きな人という境界は曖昧です。ハッキリさせたいのかもしれません。先輩、えぇと名前は」
「ノア、愛沢ノア」
「ノア先輩」
ミクはペンを軽やかに動かした。
「ね、ねぇミクちゃん、どうして私の番号を知ってたの?」
ノアにとって当然の疑問であるが、ミクは目が点になり、数秒の間を空けて「あっ」と漏らした。
「ヒマリ先輩がスマホを見ていたので、後ろから覗いたことがありまして、その時に番号が見えました。もしかしたら、友達なのかなぁ、にしては番号を登録してないし、わざわざショートメール、と気になったんです」
ぞわ、と鳥肌が立つ。
目の前にいるミクという異質めいた存在の、純粋な好奇心というものに、理解と感情が追いつけなかった――。




