第十九話 踊り場
校舎内、階段の踊り場で、愛沢ノアは我が身を腕で庇い、谷崎マナカを恐る恐る見上げる。
テスト期間ということもあり、ほとんどの生徒が早々に帰っていくなか、二人は取り残されたように向かい合う。
「ごめんねノア、テスト期間で忙しいのに呼んじゃって」
マナカは取り繕うような気さくな笑みを浮かべ、語気を弱めて謝る。
心苦しさが伝わり、ノアは咄嗟に首を振って「大丈夫」と静かに答えた。
マナカは小さく頷くと、曖昧に眉を下げる。
「遠回しに言うのが苦手なんだよね。ノア、ヒマリと帰ってるんだって?」
ストレートな疑問に、ノアの胸の奥がドキリと揺らいだ。
「えっ……う、うん。マナカちゃん、友達なの?」
「幼なじみ。まぁ小学校卒業までだけど、絶賛絶交中だから」
「幼なじみ……絶交中?」
友達よりも深い関係性を感じ取った瞬間、今度は太い針でも突き刺さったように、胸が痛む。
さらに絶交中という言葉に、感情が追いつかない。
「まぁそこは置いといて。あのヒマリとどうやって友達になれた感じ?」
苦みを吐き出し、最後は語気を鋭くさせたマナカ。
どう説明すればいいのか、ノアは胸の前で手を握りしめて俯く。
「なんとなく気になって、声をかけて、それから一緒に」
「うっそ、そんなふわっとした理由で?」
「うん。私も、まだちょっと分かんないけど」
自らのことなのに、ノアはゆっくり小さく笑う。
肩をすくめたマナカは、震える息を吐き出した。
「友達とかもう作らないとか言ってたくせに……」
「マナカちゃん?」
「ごめん。ヒマリとは一緒に帰ってるだけ? それとも休みの日はどこかに出かけたり?」
ノアは控えめに首を振る。
「一緒にコンビニで寄り道して、ちょっと話をして帰るだけ。いつも交差点の信号ぐらいで」
「帰り道反対じゃん……学校に戻ってるってこと?」
「え、うーん、私も詳しく知らないんだ」
マナカは軽く俯いて考え込むと、間もなく頷いた。
「なんとなく分かった。一緒に途中まで帰る仲ってことね。他にヒマリは何か話してた?」
ノアの頭の中でぱっと思い浮かんだのは、フルーティーな匂いと焦げた臭い。
口元に指先を寄せ、もう一度首を振った。
「マナカちゃんは、どうして絶交してるの? ケンカ、したとか?」
「いやぁ、なんていうか色々あってさ」
目を逸らしたマナカに、ノアは後ろに一歩下がる。
「ほら、やっぱり心配じゃん? ちゃんと友達つくってるぐらいだから、うまくやってるんだなって分かってホッとしたよ。ありがとうノア」
マナカはもう一度「ごめんね」と謝ったあと、ぎこちなく、どこか無理に明るく見せようとする笑みを浮かべていた――。




