第十七話 待ち合わせ
ある日の夕方。
愛沢ノアは、友達数人とカフェで時間を潰していた。
オープンして数日の古民家カフェで、グラスに注がれたソーダを眺める。
ソーダの中で気泡がまとわりついたカラフルなゼリーと、薄切りのキウイ。
友達は宝石のように輝くデザートを撮ってはSNSに投稿している。
ふと、カフェに入ってきた少女に目がいく。
ポニーテールを少し上目に結び、前髪を切り揃えた髪型で、サモエドのように口元が笑っている。
《あの子……お店の中をジッと見てる》
こじんまりとした店内で、少女はカウンター席に座った。
メニュー表をしきりに触ったり、天井や窓を好奇心に満ちた眼差しで見つめたりと忙しない。
ノアは手元に通知音にビクッと肩を跳ねさせた。
スマートフォンにショートメールの通知がきている。
『四時半に帰りましょう』という黒松ヒマリからのメッセージだった。
《ヒマリちゃん、いつもあの路地裏でタバコ吸ってるんだ……体に良くないのに。でもなにか訳があって吸ってるんだろうなぁ……あのマスター、すごく怖かったけど、ヒマリちゃんとどういう関係なんだろう。変なことされてるとか?》
バーテンダーの格好をした中年男性を、ぼんやり思い出したノアは、これでもかと眉を下げてしまう。
胸の奥で燻る音がノアの胸を窮屈にさせた。
「うーん……」
「どしたの? スマホをジッと睨んでさ、もしかして最近一緒に帰ってる子?」
「えっ!?」
友達から思いがけない疑問を投げられたノアは、スマホを咄嗟に胸元へ寄せた。
「驚きすぎじゃん。黒のセーラー服ってことは、めっちゃ勉強できるとこでしょ。どうやって知り合ったの?」
「え、えーと、なんとなく、かな」
経緯を説明するには単純であり、複雑である――ノアは答えを曖昧にして返した。
「なにそれー、ノアって誰とでもすぐ仲良くできるし、小動物っぽくて可愛いから。みんなに好かれやすいのかもねぇー」
友達数人が向かい合って「ねぇー」と共感の合図を重ねる。
ノアは困り眉で笑みを浮かべて、この場をやり過ごした――。
——友達と別れたあと、ノアはスナック店が軒を連ねる一角の手前で、足を止めた。
路地裏から、三つ編みおさげの黒松ヒマリの姿が見えた途端、自然と唇が緩んだ。
「ヒマリちゃん」
「ノア、お待たせ」
ヒマリは、丸メガネの奥で凍てつく瞳と我関せずの表情を少し崩す。
いつもの交差点まで、二人は歩幅を調整しながら歩いた。
「ヒマリちゃんは、その」
「なに?」
「あの、マスターって呼んでるおじさん、ど、どういう――」
気になることだが、ノアは慎重に、戸惑い気味に訊ねようとする。
ヒマリは特に気にすることもなく、淡々と話し始めた。
「母の知り合いよ、表にあるスナック店で働いていた時からの……言っとくけど、ノアが心配するような関係じゃないわ。くれぐれも近づかないようね、あそこは後ろめたい大人しかいないのよ」
「そ、そうなんだ……」
背筋を震わしながらも、ノアはそっと胸を撫で下ろした――。




