第十六話 すれ違う帰り道
好奇心に満ち溢れた、キラキラとしたミクの眼差しが、斜め下から注がれる。
不意打ちをくらった黒松ヒマリは、目を閉じて数秒ほど考え込む。
すぐに瞼を開けた。
「ミク、追加の課題はいつ終わったの?」
「ちょうど一時間前です。それから、つい五分前まで図書室にいました。どうしてですか?」
「そうね。貴女は小テストの復習を終えて帰ろうとしたとき、ちょうど裏門から入ってきた私を見つけたのね」
「はいっ」
ニコニコとヒマリの推理に頷いた。
「……忘れ物を取りに戻ってきたの。ミク、分かってたのにどうして泳がせるような質問を?」
「ちょっと探偵っぽいことをしたかったんですよ。わたしにも探偵の才能があると思ったんですけど、やっぱりヒマリ先輩は鋭いですねぇ、わたしより探偵向いてるんじゃないですか?」
無邪気さ全開のニヤリ顔で、得意げに言う。
思わず頭を抱えたくなる、ヒマリは小さく息を吐いて腕を組んだ。
「今度は何を読んだの?」
「図書室にあったシャーロック・ホームズの短編を少し」
復習をしていませんでした、と堂々たる表情で発言する。
これ以上の会話は不毛と判断したヒマリは頷き、特に言及せず早足で歩き出した。
当然のように追いかけたミクは並んで歩く。
「ヒマリ先輩、帰りに本屋寄りませんか? おすすめの書店があるんです」
「門限があるから駄目」
「他のみんなも門限がどうとか、塾がどうとか言ってますね」
「この学校は競争率が高いのよ。勉強を中心にして生活しないとやっていけない。みんな、寝る間も惜しんで取り組んでるの」
「そんなの苦しいですよ。勉強は楽しいものですから、いろんな本を読んで、興味をもってこそですよ」
「一部はね、皆がミクのようにできるわけじゃないのよ。だから――」
言いかけたところで飲み込んだ。
「先輩?」
「……なんでもないわ」
校舎を出て、ヒマリは早足で通学路を進む。
ミクは手帳を抱えて追いかける。
向こう側から歩いてくる人影に、ヒマリは目元がピクリと動いた。
スポーツバッグを肩に提げ、濃紺のブレザーを着た女子生徒。
少しだけ耳にかかったショートボブが、歩く度に跳ねる。
目が合った。
瞬きの間であるものの、確かに目が合った。
すれ違うなか、お互い視線が前を向く。
おや、とミクはすれ違う背中を見つめた。
「これはなかなか、興味が湧きますねぇ」
その場で手帳を開く。
文字がぎっしりと敷き詰められ、どこをめくっても余白がない。
「ミク、置いていくわよ」
サラサラとペンを走らせ、ミクは手帳を閉ざした――。




