【短編シリーズ1 #01】H型ロボ FiMe2 と心中
この会社が作るロボットは所謂、性処理用ロボである。
その本社ビル69階の暗い廊下を作業服を着た一人の中年男が歩いていた。
桜凡太はこの会社、Hテクノロジーズ社のメンテ術者で契約社員として雇われている。
西暦2075年。今や何でもAIがこなす世の中だが、そんな時代にあってもやはり設備メンテの完全自動化にまでは至っていない。コスト的に合わない為だ。
だから桜も職にあぶれずに済んでいた。
「ふぇ〜、こんな上層階まで来たの初めてだな。普段の下層階と違って、えっらいキレイだし、さすが国内最高峰の設備を誇るR&D部門ってことか……」
今週から深夜勤という事で、今日もいつものように午後11時から生産工場部門へ出社していた。
しかし、深夜過ぎに緊急連絡が入りR&D部門への派遣要請を受けたので今まさに移動中なのである。
なんでも、R&D部門で使用している施術ロボが故障したらしいのだが、あいにく担当の専任技術者は昼間しか居ないそうだ。
「それにしても、えっらい厳しいセキュリティーチェックだったなぁ……」
そうなのだ。まずロビーのところで上層階行きのエレベーターは他と隔離されており、そこでまずIDと訪問予約のチェックがある。
さらに69階に着いた後は、セキュリティーオフィスでいくつもの電子書類にサインさせられた。
まぁ、相手は全員ロボット警備員なのだが……。
暫く歩いて、漸く目的の部屋に辿りつた。
「Room 69-XYZ、ここか」
先ほど受け取ったカードキーを差し込み、網膜スキャンで認証を済ませると、自動ドアがスライドした。
その部屋は病院のような匂いがし、中は手術室のような雰囲気で様々な生命維持装置のような機器が整然と壁際に並べられている。
そして部屋の中心には……。
「こ、これって……なんか超不気味な装置だな」
なんて言えばいいのか……巨大なタコ? そう言ってもあながち間違いではない巨大なタコ型ロボットのような装置が部屋の中心に居座っていた。
その機械の足は正に八本くらいあり、その下にある施術台——機械式ベッドのような物体——の上に覆い被さっている。
足と一緒に垂れ下がった太っといケーブル類をかき分けて中心部を覗くと、施術台全体が見えた。
「え? お、オンナ……?」
そこには、うら若き女性が生まれたままの姿で仰向けに横たわっていた。
「ま、まじか……本物の人間そっくりだな」
(これが桜凡太とH-FiMe2の初めての出会いだった。)
桜はその人間そっくりのロボットに暫し見惚れていた。
突如、天井のスピーカーから男の声が響く。
「ピーッ、ガガッ……あ、あ〜、臨時メンテの桜だな? 聞こえるか?」
「あ、は、ハイ……聞こえます」
「オーケー! こちらはセキュリティオフィスだ。今日は担当博士も専任メンテも居ない為、我々がエラー履歴と対応マニュアルを見て処置方法を伝えるから、それに沿って進めてくれ」
「了解です」
まぁ、男と言っても結局警備AIシステムの声なのだが……。
どうやら施術に使う足が……いやこの場合は手と言うべきか……が何本かケーブルなどを引っ掛けて絡まり、動けなくなったようだな。
異常を検知した安全監視システムが装置のマスター電源を切り、タコ足ロボが止まっているという状態だった。
「って、このタコ、どんだけややこしい施術をしてたんだっつうの……」
「——ピピッ—— あ? なんだって? 何か言ったか?」
「あ、すんません! ただの独り言です」
「おー、そうか、問題ない。なんだかそっちの部屋のマイクの感度が悪いようだから、話す際は少し大きな声で話してくれ」
「了解っす」
って事で、まずはいくつかの指示を受け取り、部屋に備え付けの工具を使い、絡まったケーブルを切断していく。
途中からは這って進み、ようやく彼女の元まで辿り着いた。
ここまで来て、タコ足ロボは八本の手足だけでなくさらに細い機械腕を何本も持っているという事に気がついた。
結局それらも絡んでしまっているので、またケーブルの切断などを始めたのだが、この場所は上下の隙間が狭く体勢的に苦しい。
そこで彼女の横に仰向けに寝そべって作業を続けた。
彼女がロボットだと分かっていても見た目は人間の女性。その女性が全裸で俺のスグ右に居る……。
なんか妙な気分になってきたので首を振ってモヤモヤを断ち切った。
にしても、手を上にあげたままの作業もキツいなぁ……などと思い始めた時だった——右の耳前あたりに何かが触れた?
そう感じた瞬間、スグに女性の微かな声が右耳から聞こえてきた。
『助けて……』
ビックリして右を向くと真正面に彼女の顔があり、彼女の左手が俺の右耳の方へ伸びていた。
「え!? 電源入ってたのか?」
すると彼女は右手の人差し指を自分の口元に当て囁いた。
『シ……大きな声を出さないで』
んぐ——
『セキュリティに聞こえちゃう』
「……わ、分かった……」
『ちょっと待って。今ハッキングしてこの部屋のマイクをOFFにするから……』
「あ、あぁ……」
今時のロボットって、そんな事できるの……? などと思った瞬間スグに彼女が反応する。
「できた。これでもう私たちの会話は拾えない」
今度は本人の口からそう声を発し、俺の耳付近から左手を離した。
まじか!
彼女の右手がケーブルのひとつに触れていた。
「監視カメラのほうはワザと切らないけど、ワタシの方はほとんど死角になってるから大丈夫。じゃ、作業をゆっくり続けて」
「分かった……」
そう言って、桜は作業をゆっくりと進めた。
「そのままで聞いてね。ワタシ、ホントウはニンゲンなの。悪い奴らに騙されて、ここに連れて来られたの」
「えぇっ!?」
「リアクション禁止!」
「あ、ごめん……」
「突然こんな事言っても信じられない?」
そう言って、彼女は純真無垢な瞳で俺を見つめてくる。
「う……。あ、じゃあキミ、名前は?」
「H-FiMe2」
「いや、それってロボットの型式名か何かでしょ。そじゃなくて人間だった時の名前」
「……憶えてない」
「でも、人間だった事は憶えてるの?」
H-FiMe2はコクリと頷き、そして囁く。
「やっぱり信じられない?」
桜は困った顔をして暫く考えた後、口元をすこし緩ませた。
「じゃあさ、これだけ聞かせて。あの——」
その時、止まっていたハズのタコ足ロボットが突然動き出した。
施術台に覆い被さっていたタコ足ロボの本体がギシギシと音をたてて下がってくる。
「キャアッ!」
H-FiMe2は両手を上に突き出そうとする。
「マジか!、くそっ」
桜は咄嗟にH-FiMe2の上に飛び込み、四つん這いになってタコ足ロボを支えた。
「え?」
桜の行動にビックリするH-FiMe2。彼女の顔の上にちょうど桜の顔があった。そして二人の目と目が合う。
桜が叫ぶ!
「今のうちに逃げろ!」
彼女は複雑な表情を浮かべる。
「……あ、ありがとう。こんな見ず知らずのワタシなんかのために……」
「いいから! 早く逃げろ! こいつ重すぎで——」
「でも、もうダメみたい……。ワタシ、動けない……」
「はぁ!? どうして——」
と言いながら、彼女のそれぞれの両手両足を見回し驚愕する。
タコ足ロボから生えている他の足が、触手のように彼女の手足に絡みつき拘束していた。
「くそ、マジか!」
と言った桜の手足にもタコ足ロボの触手がからみつき、動きを封じられた。そして徐々に手足が外へ引っ張られ始める。
「く、くそッ、このままだとタコ野郎に押し潰される……」
必死に抗った桜だったが、その抵抗も虚しく桜の両腕両足は四方に伸ばされ、そこにタコ足ロボの本体が落ちてきた。
「ゴメン、俺もう……」
「ううん、もう、いいよ……」
ガガ、ブシュッっという金属音や生身の肉体が潰されたような音が響く。
そして部屋には静寂が訪れた。
……
暫くしてタコ足ロボがまたギシギシと音を立てて動き始め、先程とは反対に本体を持ち上げ始める。
桜とH-FiMe2は、朽ち果てたように重なり合っていた……。
しかし、押しつぶされてぐちゃぐちゃになっている訳では無いようだ。
「お客様、大丈夫ですか?」
H-FiMe2が心配そうに桜に声をかける。
「あ……は、はい、すみません。つい世界に入り込んで……逝ってしまって」
死んだ様に動かなかった桜が目を開け、話し始めた。
「い、いえいえ、そうだったらワタシも本望です」
彼女は少し照れた表情で言った。
「H-FiMe2さん、最高でしたよ。こんな特殊な性癖設定に付き合って頂き。それにサプライズ演出もいっぱいで、現実と錯覚するくらい必死になれました」
「あはは、わたしも、こんなの始めてだったから……上手く出来るかどうか心配だったんですけど……」
「いや、もうバッチリでした! 本当にありがとうございました」
二人は暫く話しをした後、ゆっくりと起き上がり施術台を離れる。
そして身なりなどを整え桜は丁寧に礼を言い部屋を出た。
満足そうに去っていく桜の背中越しにH-FiMe2の声が届く。
「また指名してくださいね〜♡」
——————
(完)
作者より:
本作品をお読み頂きありがとうございます。
この度、1話完結タイプの短編にチャレンジしてみました。『短編シリーズ』とさせて頂いたのは、今後も同じような登場人物が登場する平行世界の話などを色々と書いてみようと思っているからです。
今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
2025-09-16
まこマZ