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【短編】ホラー短編シリーズ

のろいのひなにんぎょう

作者: 烏川 ハル

   

 人形(にんぎょう)だから姿形(すがたかたち)は変わらないはずなのに髪が伸びたり、動かないはずなのに動き出したり。そんな「呪いの人形」みたいな話は、オカルトや怪談話の定番だろう。

 うちにも一つ、それらしき人形があった。おばあちゃんが「呪いの雛人形」と呼んでいたもので、おばあちゃんが生まれた頃には既に、うちの蔵に保管されていたらしい。

 雛祭りの時期に飾られるのは普通の雛人形と同じだが、それは3月3日の夜、人々が寝静まった頃に歩き出すという。ただし世間一般の「呪いの人形」とは異なり、人形が歩くのを目撃すると、それから一年以内に幸運が訪れるそうだ。


「ねえ、おばあちゃん。だったら、それって『呪いの雛人形』じゃなくて『幸運の雛人形』なんじゃないの?」

「いいんだよ。こういうのはね、わざと逆を言うものなのさ。『まんじゅうこわい』みたいに」

 私は「『まんじゅうこわい』の例はちょっと違う」と思ったものの、あえて反論しなかった。

 続いておばあちゃんが披露したのは、過去に一度だけ「呪いの雛人形」が動くのを目撃した、というエピソード。おじいちゃんと出会ったのは、その一ヶ月後だったという。


「だから『幸運が訪れる』のは、この身をもって実証済みさ」

 と言われても、その時は半信半疑だったが……。

 私も小学五年生の終わりに人形が歩くのを見てしまい、それから一年以内に私立中学を受験して合格。高校一年の終わりにも見ることが出来て、その三ヶ月後、生まれて初めて男の子から告白された。なお、その彼との交際は一年半ほど続いた。

 だから「呪いの雛人形」の効果は、私も実感しているのだった。


――――――――――――


「へえ、なんだか面白そうな話ね。その歩く雛人形って……」

 大学の食堂にて、三人でランチを食べている時のこと。

 私がちょっとしたエピソードを披露すると、友人の夕子が興味を示してきた。

「……何段も飾られてるのが、一斉に歩き出すの? ほら、三人官女とか五人囃子とかも含めて」

「だとしたら、大行進だね。オカルトみたいな怪談というより、ちょっとシュールな光景かも」

 安江も話に加わるが、彼女が食べているのはカレーうどん。汁が跳ねないよう注意しているらしく、目線はそちらに向けたままだった。


「まさかあ。そんなわけないよ。歩き出すって言っても、行進みたいに足を上げて腕を振って、って感じじゃないし。ほら、すり足って言うのかな? 足を動かさずに移動するような……」

 口にクリームパスタ運ぶ手を()めて、私は二人の言葉を笑い飛ばす。

「……それに、歩くのは一番上の女雛(めびな)だけ。他の人形は全く動かないよ」

「ふーん、お内裏様の片方だけか。まあ、それもそうか」

 夕子は少し興味を失ったみたいで、また箸を動かし始める。彼女の視線も、目の前のカニコロッケの方へ戻っていた。

 しかし次の私の発言で、彼女はハッとした顔を私に向け直す。

「だけどね、一つだからちょうど良かったんだよ。さすがに雛人形のフルセットだったら、引っ越し荷物に入れられなかったから」


 私も夕子も安江も、一年目の大学生だ。三人とも実家から通うのではなく、学生向けマンションで一人暮らし。お互いの部屋に何度も泊まったことのある仲だった。

 当然ワンルームであり、雛人形を飾るようなスペースはない。そもそも、もしも実家に妹が――つまり未成年の女子が――いれば、そちらのために実家で雛人形を飾るだろうが、幸い私は一人っ子。私がいない以上もう飾る必要もなく、問題の女雛(めびな)一つを私がこちらに持ってきても大丈夫。

 そんなわけで「呪いの雛人形」は今、私の部屋の押し入れに仕舞ってあるのだった。


「それじゃ、その人形……。雛祭りの日には、部屋に飾るの?」

「うん、一つだけなら飾れるだろうからね。まあ『飾る』って言ったら大袈裟で、机の上に置いておくくらいだろうけど……」

 私の返事を聞いて、夕子は安江と顔を見合わす。

 安江は少し不安そうだったが、夕子はニンマリとした笑顔だ。

「じゃあ、雛祭りの夜、私たちを泊めてよ! 三人で人形が歩き出すのを見届けよう!」


――――――――――――


 そして三月三日、雛祭りの日。

 夕子と安江が私の部屋に来たのは、夕方五時過ぎだった。

 それから三人で鍋を(つつ)く。用意した食材が少し多すぎて、三人とも満腹になったが……。

 食べ終わったらすぐに、スナック菓子の袋を開ける。三人で夜通し過ごすために、こちらも多めに用意していた。

 満腹でもお菓子ならば平気で食べられるのは、いわゆる「甘いものは別腹」という言葉の通りなのだろう。まあ私たちの場合、ポテトチップスなどもあるから、厳密には「甘いもの」ばかりではないのだが。


「それで、あれが問題の雛人形かい?」

 紙コップを持ったままの右手で、夕子が机の上を指し示す。紙コップにはジュースが入っているし、もしもこぼれたら大変だから、あまりその状態で「指し示す」みたいな挙動は控えてほしいのだが……。

 彼女に言っても無駄だろうと思って、そちらは敢えてスルー。ただ彼女の言葉だけに頷いておく。

 すると夕子の口元に、(うっす)らと笑みが浮かんだ。

「そうか。あれが動き出すのを、きちんと目撃すればいいわけか……」

「……?」

 自分でも意識しない程度に、私は少し不思議そうな顔をしたらしい。それに気づいた安江が、軽く笑いながら説明してくれた。

「ほら、『呪いの雛人形』というより『幸運の雛人形』みたいだ、って話。夕子ったら、それにあやかろうという魂胆でね……」


 特に、そのおかげで私のおばあちゃんがおじいちゃんと出会えたとか、高校生の時に私にも彼氏が出来たとか。

 その辺りのエピソードに、夕子は興味津々なのだという。

 私たち三人とも今現在、彼氏はおらずフリーだが、そういえば夕子には片想いの相手がいるらしい。


「確か名前はタカシくんだっけ? なるほど、雛人形の力を借りてその彼を振り向かせよう、ってことか」

 私が訳知り顔で呟くと、夕子はバタバタと大袈裟に手を振って、照れ臭そうに否定する。

「いや、そんなんじゃないけどさ。まあ、何だ。ほら、三人とも一人暮らしで良かったよな? 実家と違って夜更かししても誰にも怒られないから、こうして夜通し人形を見張ることも出来て……」

「誤魔化さなくていいよ。大丈夫、私たち夕子のこと応援してるから」

 ニヤニヤ笑いながら言う安江に、私も同じ表情で追従(ついじゅう)した。

「うん、純粋に応援してるよ。面白がってるわけじゃなくてね」


――――――――――――


 そこからは自然に、恋バナに花を咲かせる感じになった。

 とはいえ、私や安江には現在それらしき相手は全くいない。こちらが好きな男の子も、こちらに気があるっぽい男の子の心当たりも皆無なため、それぞれ高校時代のエピソードを――既に完全に過去に過ぎない話を――披露するしかなく……。


 こうして賑やかに時間が過ぎていき、深夜一時を回った頃。

「あっ!」

 夕子は私たち二人との会話の間も人形から視線を逸らさなかったのだが、その夕子が、いきなり大声を上げる。

 私も安江もビクッと驚くほど、大きな声だった。

 とはいえ、すぐに二人とも、その意味を理解。揃って振り返り、改めて人形に注意を向ける私たちの背に、夕子が言葉を投げかける。

「今、雛人形が少し……。動いたような気がするけど、だけど……」

「えっ、あれ……?」

 夕子の声は尻すぼみになっていくし、安江もその声色(こわいろ)からの感じでは、なんだか戸惑っている様子だった。

 そんな友人たちとは対照的に、私は毅然とした声で告げる。

「うん、そうだよ。前に私が見た時と(おんな)じだもん」


 小学五年生の一度目、そして高校一年の二度目に目撃した際と、同様のペースだった。

 ちょうど私の角度から見ると、問題の雛人形と一緒に、後ろの本棚が視界に入る。そこに並べられた文庫本と重なるから、文庫の背表紙の見え方が変わるのと比べることで、雛人形が動く速度も明らかになるのだ。

 このままジーッと見続けていれば、よくわかるだろう。文庫本の厚さの半分程度を、だいたい一時間くらいかけて進むペースだった。


「人形が歩くって、この程度なの? こんなんで『幸運の雛人形』みたいな御利益(ごりやく)、本当にあるの……?」

 ラッキーアイテムとしての効果に、夕子は疑いを感じ始めたようだ。

 そしてもう一人の友人、安江の方は、少し呆れたような口調で呟いていた。

「『動く人形』的な怪談話かと思って少し怖かったけど、怖がった自分が馬鹿みたいだわ。こんなにゆっくり動くなら怖くないし、これだと『呪いの雛人形』というより『(のろ)いの雛人形』ね」




(「のろいのひなにんぎょう」完)

   

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