第五十九話 サリーという人
クローリーに自分が出かけているあいだ、サリーを気にかけるように言われたブラッドは、自室でため息をついた。
気にかけろと言われても、彼女を監視するとなると、せっかくの平穏な一日が、彼女の監視だけで終わってしまう。
残り少ない日数で、東のハンター資格を取っておきたいので、東の動植物の勉強をしているが、どうにも手につかない。
気にかけると言っても、彼女に罰がいつ当たるのか分からない、予め阻止することもできない。できることといえば、彼女がこれ以上盗みに手を出さない様、用を足す以外の行動を監視するくらいだ。サリーは現在、怪我をしたショックで部屋に籠もっている。それでも何かを盗みに入る気があるのかは気になるところだ。
ホストが客に金目のものを盗ませてるのか、それとも女たちがホストのために望んでやっているのかは、外からの情報だけでは判断がつかない。今のところ捕まえたとしても、証拠不十分にしかならない。だったら放っておくしかないというのが現状だ。そもそも泥棒を捕まえるのは獄卒やハンターの仕事ではない。
そんなことを考えていたら、襖が開く音がした。
「ブラッドさん、ちょっと聞きたいことがあるんっすけど」
「……なんだ、ノアか…」
ノアが襖を後ろ手で閉めて、入ってきた。
「なんだって何すか」
「どうした?」
「開ける前に声掛けしたっすけど、返事がなかったんで」
「見ての通り勉強してた」
「ブラッド看守長も勉強してたんっすか」
「お前も取るのか? 東の資格」
「ボタン鍋美味しかったっすから、また来ようかなと」
「そうか…」
「あまり進んでないように、見えるっすけど」
「生物のほうはいいが、植物の見分け方は、フィールドに出ないと進まなくてな。ノアは上級の治癒士だろ。毒草をどうやって見分けてるんだ?」
「ニオイっすよ。一般的な毒草を匂いで嗅ぎ分けられるようになって、それを魔法で分解できて上級合格っす」
「特級ヒーラーって、どんななんだ?」
「生物毒の分解や、全身火傷、骨折、筋肉の治癒、切断時の神経接合ができて特級っすね」
ヒーラーには主に外傷を治療する治癒士と病気も治せる治療士がいる。治療士になるには病気を学ぶ専門の学校に行く必要があり大陸でも数が少ない。
「そうか…」
「ヒーラーのこと聞くなんて、なんかあったんっすか?」
「クローリーが連れてきた、サリーという人がいるだろ」
「そう言えば、手に包帯巻いてましたね」
「手に火傷を負ったらしいが、天さんでも治癒できなかったらしい」
「治癒魔法で治らない火傷は、呪いとかの烙印系かもっすね」
「……やっぱり、そうなのか」
「切り傷・すり傷・火傷、皮膚の治癒は基礎っすから。手のひらくらいの火傷なら中級レベルっす。天さん辺りは上級ヒーラーの匂いがするっす」
ブラッドも傷を塞ぐだけの基本の治癒魔法の中級までは使えるが、それ以上は治癒士の資格持ちの分野だ。
「……ニオイで分かるもんなのか?」
「専門職のヒーラーは、体内に消毒液を仕込んでいるんで、消毒の匂いがするっす。俺より多分上っす」
「…………」
黙ったブラッドにノアは何かを察したようだ。そして耳打ちした。
『……何かあったんすね…彼女』
「まぁ…そういうことだから、少し気をつけろよ」
ノアは“わけがわからない”という顔をしたが、とりあえず頷いた。
◇◇◇◇◇
お茶を飲むのに、調理場へお湯を貰いに行こうとしていたサリーは、ブラッドの部屋の前を通りかかった時「サリー」という声が聞こえたので、立ち止まりブラッドの部屋の襖に耳をつけ話を聞いていた。
「…………」
そしてサリーは自分の手の甲の火傷が、ただの火傷ではないかも知れないと知り、怖くなりお湯を取りに行くのを止めた。




