第八話 VSイエローベアー
洞窟の中へ入ると、ブラッドの語った通りの見た目で、イエローベアーが寝ていた。
「確かにいたな。蜂蜜の匂いだ」
俺たちの匂いで目が覚めたのか、不機嫌そうだ。
「……寝起きで、お怒りのようだが」
俺たちを見るなりエサと認識したのか、ヨダレを垂らし立ち上がった。
高さは4mくらいはあり、お腹はでっぷりしている。
「ブラッド!! 目を逸らすなよ。背中を向けるな」
「……ああ」
「俺がヤツのを目を釘付けにしておくから、その隙に掩護を頼む」
「ダブルコクーン」
ブラッドは防護魔法をかけ、後方へ下がり、十分距離を取ったところで魔法を唱えた。
「サンダーネイル」
周囲に釘を打ち込みそこに電流を流し、範囲内で足留めをする初級魔法だ。
「援護って足留めかよ」
「まずは動きの範囲を制限するのが一番だろ。拘束魔法は引き千切られたら術がない。遠距離攻撃だ」
「アエルライフル」
脂肪と毛皮が厚過ぎて一、二発当たっても威力が弱まってしまっているので、急所に致命傷を与えられない。
痛がりなのか、イエローベアーの咆哮が響く。
「もう少し、足留めの強度を上げて時間を稼げるか。少し制御を解除する」
俺は制御装置の一部を解除し、大人の姿になった。
俺の制御装置は使う魔法や攻撃によって、五段階になっている。
「分かった。サンダーフェンス」
ブラッドは、電流の流れるフェンスをイエローベアーの四方に建てた。
『我が手にグングニル我の思う通りに穿け』
俺は手に槍を呼び出し、ブラッドの作った電流フェンス越しにイエローベアーの右脇腹目掛けて投擲した。
槍は脇腹から心臓まで到達、貫通し手に戻ってくると、イエローベアーが斃れたのを確認し消えた。
「………ふぅ…」
「それ、ただの魔法ではないよな」
「武器召喚だな『神槍グングニル』急所を必ず穿く。大人の姿じゃないと魔力も腕力も足りない」
俺は解除を戻し子供の姿に戻った。
「…どうするコイツ。人喰いだったら、素材や肉は売れない」
「普通の肉食熊なら髪の毛や服の一部はなかなか消化されないから、食べたばかりなら胃にあるはずだが、コイツは予め溶かしてから食べるから、人喰いかどうかは知りようがないな」
「一応腹を割いてみるか…」
腹の中から光るものを見つけた。
「……コレ、ピアスや指輪じゃないか?」
「あの時、服や毛は溶かされたが、イヤリングは無事だったな」
指輪が三つ、一つは宝石付きのもの、左右一組のピアスが二組、石付きのイヤリングが片方だけ。
「何人分あるんだ?」
「何人分かは判りかねるな」
「イエローベアーに襲われたライカンの慰霊碑があるから、この装飾品とコイツの皮はそこに奉納しよう」
日が暮れたので、この洞窟で予定通り朝まで一泊することにした。
「……なぁ、クローリー火を起こしたはいいが晩飯は?」
「携帯食は持っている」
「だよな。目の前に熊肉があるというのに…」
「草食用だが、食べるか?」
「俺も携帯食持ってるから大丈夫。ただ暖かいモノ食べたいなと思っただけだ。流石に人を喰った熊肉はムリ」
「寒かったら、アイツの毛皮着ろ」
「……それも嫌」
洞窟の中を一瞥すると、朽ちた木のテーブルの残骸や布を敷いた形跡がある。
「居住の跡があるが、人間がいなくなって、熊の寝蔵に使われてしまったようだな」
「族長の話によると、ライカンと人間の混血を産んだ女性の兄がここにいるはずだが」
「その女性が二十歳くらいで産んだとしたら、兄は八十歳くらいでは」
「熊はアイツだけじゃないし、すでに熊に喰われた後かもな…」
「でも族長は、生きていると言っていた」
「……どういうことだ」
俺が武器召喚で、魔力をほぼ使い切ったので、ブラッドとの魔力残り差でエルフ魔法での会話はできない。
「……すみません。それは、私のことでしょうか?」
突然、洞窟の奥から男性の声がした。
奥を見ると、白髪に少し腰の曲った老人が出てきた。エルフ耳でも、ライカンでも、ドワーフでもない。
「人間?」
「いや…話が聞こえましたもので」
「熊の寝蔵になっていたのに、大丈夫だったのですか?」
「奥に扉がありまして、そこに住んでおります。詳しい話は奥で…」
そう言って、老人は俺たちを奥へと案内した。案内された住居は、四人用のダイニングセットと食器棚一つ、奥に寝室と思われる扉がある簡素な部屋だ。
「どうぞ…お掛けになってください」
俺たちが案内されるままに、ダイニングの椅子に座ると、ブラッドが口を開いた。
「不躾で申し訳ないのですが、あなたは、人間ですか?」
「はい。人間です」