第三十八話 集中
ノルは、天の案内で弓道場へ来ていた。
「まずは弓道衣に着替えてください。着かたが分からない場合はお手伝いしますので、お呼びください」
「わかりました」
ノルは弓道衣を渡され、更衣室に入った。
「…………」
バスローブやガウンは着たことがあるので上はなんとかなったが、下の履き方が分からないので、天を呼んだ。
「あの、天さん。どうやって履くんですかこれ」
「やり方見ててくださいね。ここをこうして、こう結んで終わりです」
「……」
慣れるまで少し時間がかかりそうだと思った。
「一礼してから入って、神棚にも挨拶してくださいね」
ノルは天に言われた通りの所作をして、道場に入ると天から弓を渡された。
「……大きい」
「東の弓は引いたことがありますか」
「ないです。ここまで大きいのは初めて見ました」
「大陸の弓は矢が左ですが、東では右になります」
「……こんなに、下のほうを持つんですか?」
「ええ、しゃがんでも弓が床につかないように、親指で引いて放ちます」
「…………」
天に構え方、引き方を手取り足取り教えられ、一本目の矢を的のほうへと放った。的は外れたが大きく外れたり届かないということはなかった。
「凄いです」
「意外と難しいんですね」
ドッグスとウルフの男女は、成人から三年間の兵役が義務付けられているので、軍の訓練で武器を選ぶ時、ノアは銃が得意なので銃を、アルは重量武器のハンマーを選んだ。
ノルはあまり接近戦が得意ではなく、弓が得意だったので弓にした。
「弓を引く姿勢はできているので、引く動作を身につければ、集中できるようになるかと思います」
「…………」
先程射った感覚と動作を思い出し、射った。
「二射目なのに少し的に近づきましたね。流石です。今度は私が一射お手本を見せますね」
「……お願いします」
「…………」
ノルは天の構え方と、弓の引き方をよく観察した。ブレが全くない。張り詰めた空気が道場を支配する。
天が放った矢は的の中心に吸い込まれるように当たった。
「凄いです」
目に焼き付けた天の構え方と引き方を脳でイメージし、深く息を吸って矢を放った。イメージした通りには行かなかったが、矢の勢いは良くなり的へとさらに近づいた。
「構え方、良くなりましたね。飲み込みが早いです」
「ありがとうございます」
「そうですね〜賭けをしましょう。あと三本以内で的へ当てられたら、ノルさんの夕飯を豪華にするよう料理番に言ってあげます」
「…………」
褒美があるから、やる気が出たと思われるのも恥ずかしいので、平静を裝って次の矢を構え放った。
「あれ? 方向と角度は良かったんですけどね」
動揺が出てしまったのか、矢は的の手前で落ちてしまった。
「次、行きましょ」
「…………」
次は集中して放ったが、僅かな緊張で少し軌道がそれてしまった。
「あと一本です」
「…………」
次は、リラックスを心がけて放つ。
「あっ…当たりましたよ。ギリギリですけど」
矢は的の端ギリギリに当たった。
「ふ〜。久しぶりに弓を引くと、疲れますね。でも気分転換にはなりました」
「滞在中、この弓道場を自由に使っていいですよ」
「ありがとうございます」
弓道場を出ると、空気の匂いが変わった気がした。弓を久し振りに使い、ノルは改めてリラックスと呼吸の大切さに気がついたのであった。
◇◇◇◇◇
ノルが弓道場から部屋へ帰ると、雨紺がノルの部屋の前にいた。
「ノルさん探しましたよ〜アルくんが出かけているので、ちょっと、手伝って欲しいことがあるんですけど」
「俺でいいなら」
「何か武器は使えますか?」
「弓を使うが、物騒なことは、ちょっと…」
「物騒なことじゃないですよ。山菜を取りに行きたいんですけど、野犬の群れが住み着いてしまったらしくて、山菜を採っているあいだ護衛を、お願いしたいんです。一応、野犬が出た場合の追い払いは、ハント案件なので報酬出ますがどうします?」
「東の資格なしはの、攻撃や攻撃魔法は許可制じゃないんですか?
「わたしハンター資格あるので、同伴者は相手が攻撃を仕掛けてきたら攻撃OKですよ。でも、無駄な争いは避けたいので、追い払いはイヌ同士の話し合いで解決ですよ」
「――だから、俺ですか」
「狐もイヌ科ですけど、わたしイヌ語は分からないので、山菜とお小遣い同時にゲットです」
ノルと雨紺は、野犬が出るという場所へ山菜を採りに向かった。




