第六話 出発
「泊めていただき、ありがとうございました」
「いや、いいんじゃよ。儂も弟のことが心配じゃからな」
族長の小屋から少し行ったところにある、ダンジョンへの道がある登山口へ向かい、族長に挨拶をすると、申し訳無さそうに返され続く言葉が続かなかった。
「それでは、結界のほうをよろしくお願い致します」
族長が、なんの変哲もなさそうな空間に右手を翳すと巨大な鉄の扉が出現した。
「結界というよりは防護壁だな」
「結界は魔力の維持が大変じゃから、鍵式になっておって、族長の家族の魔力にしか反応しない様になっておる」
ライカンの族長は族長が亡くなった時のため、家族や親族単位で族長権限が与えられている。
「へぇ〜監獄のA級犯罪者エリアと同じ原理だ。登録されている魔力の者しか通行できない」
「各族長四人の魔力でなんとか維持しておる。どうか気をつけて」
「ええ…行ってきます」
登り始めてしばらくは、急な斜面も雪もなく、尾行の気配もなく順調だ。
会話だけは聞かれているかもしれないので、ブラッドのエルフ魔法で会話することにした。
ブラッドは一定距離進む度に少し足元を見るのを繰り返していたので、何をしているのか聞いた。
『ナニしてるんだ?まだ寒いから薬草になりそうな植物とかは生えてない』
『道に迷わない様に、微量の魔力を込めた小石を落としている。魔力を辿れば入口へと戻れる。ログの効果もあるから再び訪れる時にも迷わない。管理職の知恵だ』
怪しまれない様、適度に当たり障りのない会話を挟まなくてはならない。
「今のペースだと、思ったより早く五合目に着きそうだ」
「……にしても、寒い…」
初夏直前なので雪が降るわけではないが、登るにつれて、雪が解けてはいないので寒さが厳しくなっていく。
「寒さに弱いな」
「ライカンと違って、毛皮背負ってないからな」
「いや…俺の今の姿、普通に毛はないし、エルフと変わらないけどな」
制御装置のついたライカンは各種の耳の尾が頭についただけの人だ。
制御装置を外した姿は毛が生えた獣に近い見た目から、制御装置時の人に近い見た目と様々だ。
毛深く獣の見た目に近いほど身体能力や耳鼻目が良く、毛が少なく人に近いほど魔力が高い。
俺はどちらかと言うと、魔力の高いタイプだ。
「……嫌なこと思い出した…」
『尾行されると思ったんだが、監視者もなしか…』
『ダンジョンへ行く道だし、Bランク以下は危険だろ。Aランクのハンター高い金払って雇うか?』
『まぁ…それもそうだが“本気で救いたい”と思うなら安くはないか?』
『そこは引っ掛かるところだな』
『危険過ぎて、受ける奴がいなかったかもな』
『それは、ヤバいな…』
『元々、Sランクハントとして持ちかけたのはオマエだろ』
『そうだけども…黄色い奴には会いたくないな』
そうこう言っている間に、五合目の分かれ道にたどり着いた。
直進と左の立て看板がある。
「二股ということは、ここを左か…」
分かれ道を進むと、族長の言った通り泉に洞窟へ向かう橋が架かっている。
『とりあえず嘘はついていないようだな』
橋を半分ほど渡ると、洞窟の奥から甘い匂いがした。
『……なんか洞窟の奥のほうから、蜂蜜の匂いがする』
『そ…それは…』
『何だよ』
『黄色い熊の匂いだ』
『え?』
『もしかして、オマエの鼻を効かなくしたのはこのためでは…』
『罠とかどうでもいい。人間がいたら大変だ。とりあえず確認するぞ』
『……そうだな』
俺たちは洞窟の奥へと急いだ。