第五話 罠
族長にやられた。鼻が利かない。
どのタイミングで薬を盛られたのかと、思い返す。
警戒して出された茶は飲まなかった。
茶を飲んだブラッドはなんとも無さそうなので、茶に薬を盛ってはいない。もしくは無害なようだ。
……茶の湯気だ。茶の湯気にライカンの鼻を麻痺させる成分を仕込んでいたかもしれない。
ライカンは猫舌だ。熱い茶が出てきたところで気がつけば良かった。
「…………」
族長は俺たちの顔を見るなり「惨殺事件の話」と言った。
俺たちが族長に用があるのは、ダンジョンへの道の通行許可と人間の集落の話だ。
バニーは耳が良い。ここでブラッドと後の予定を相談したいが、話を聞かれたくはない。
俺が族長に頼まれマニュアルを作成している時に来たブラッドとの会話を族長が聞いていたら…
新聞には、惨殺事件としか書かれていなかった。
本当に族長の弟なのかもしれないが、別の可能性もある。
鼻が利かなくなる薬を盛るということは、尾行してくるか、遭難させたいのかも知れない。
真実を確認するため、族長が言っていた場所へ行くしかない。
そんなことをぐるぐると独りで考え込んでいたら、ブラッドが俺の寝室に来た。
「まだ、起きてるのか?」
「ああ。」
話を聞かれたくないが、筆談する道具がない。とジェスチャーで鼻と耳を交互に指差し、慌てふためいていると頭の中から直にブラッドの声がした。
『エルフ族はチームで狩りをするから、獲物に気が付かれない様に、こういう魔法も使える』
『…………』
それならそうと、早く教えて欲しかった。
『どれくらい魔力を消費するんだ?』
『会話する者同士の魔力量が、同等じゃないと使えない』
『残り量に関わらず、片方の魔力量が極端に減ると会話できなくなるということか?』
『そういうことだな。あと3m以内じゃないと使えない』
『族長に薬を盛られて、鼻が利かない。解毒できるか?』
『薬?俺は何ともないが?』
『ライカンの鼻にしか効かない薬だ』
『……少し、成分を調べてみる』
そう言うとブラッドは俺の鼻に、左手の人差し指を当て目を閉じた。
王国の公職は解毒魔法と中級治癒魔法免許が必須だ。
『麻痺系の毒薬だな。食虫植物から抽出したやつだ』
『出された茶の匂いを嗅いだ時に、湯気を吸った』
『多分それが原因だな。半日もすれば勝手に効果が切れて治るが、もうすぐ朝だ。人間の集落への道が分からなくなっては困る』
『治せるか?』
『リポイ』
『道中、鼻が利かないのに気がついてないフリをするから、オマエも尾行がいたとしたら気が付かないフリをしろ』
『面倒くさいな』
『族長が“どの立場”なのか分からない。気をつけろ』
『そうだな。この先は普通に予定の会話をしようか。じゃないと怪しまれる』
『OK』
「……明日の予定だが、一応地図を確認しておきたい」
「そうだな。ダンジョンへの道は結界が解かれた登山口から八合目の辺りで、休まず登って一泊というところだな。今回は途中、族長が言っていた五合目の人間の集落に寄るから、そこで一泊する。熊がいるから気をつけながら、ゆっくり目で行こう」
山頂はドワーフが住む南側との国境になっている。
「……俺、黄色い熊キライなんだよね~」
「俺は遭遇したことないから、どんなのか知らない」
「う…うん。それはもう…恐ろしいよ」
一体どんな目に遭ったのか、物凄く気になるが、顔を見て訊くのをやめた。
「出発は朝だから、もう寝るか」
「そうだなおやすみ」
「おやすみ」