第二十六話 ブラッドとノア
東は日が昇るのが早い。大陸ならまだ深夜の時間、ブラッドは布団から起き上がり身支度を始めた。
せっかくの、まとまった休暇だというのに、早々トラブルに巻き込まれ、まだ観光すらしていない。
大巫女の依頼もある。だが、とりあえず目下のトラブルを終わらせ、観光したい。
身支度を終えたブラッドは、静かに部屋を抜け出し、ノアの部屋へと忍び込みノアを揺すって起こした。
「……おい。ノア行くぞ」
「ん〜」
目を瞑ったまま、起き上がったノアはゆっくり目を開け、周囲を見回してから腕時計を確認した。
「三時…深夜じゃないっすか」
「日が昇ってきている。この明るさなら明かりがなくても行動できる。朝食までに終わらせるぞ。奴らも、こんな時間に俺等が来るとは思わないだろう」
「え~」
ノアは渋々立ち上がり、身支度を始めた。
屋敷を抜け出した二人は、罠を回収しながら進み、二人のいる小屋の近くへと辿り着いた。
「罠増えてたっすね。罠の一つに鹿の毛と新しい血の跡があったから、一頭捕まったみたいっす」
罠の位置など、ノアの狩猟趣味が活かされている。
「みたいだな。残ってる罠は後から回収しよう」
「そうっすね。東の鹿は神の使いらしいっすから…」
ふと、ノアが歩みを止めスンと鼻を鳴らした。
「やべぇっす…熊の匂いがするっす。罠の回収に気を取られて、熊の足跡に気が付かなったっす」
「薄暗い時間帯に来たのが仇になったか。まさか…あの小屋に…」
「……鹿の血の匂いを、追って来たんでしょうね」
「どうする? 俺ら資格がないから攻撃魔法禁止されているぞ」
「麻痺効果のある拘束魔法をかけておくっす」
「大丈夫なのか?」
「害獣駆除も養豚場の仕事の内っす。こういうのには慣れてるんで。とりあえず、小屋に行くっす」
急いで小屋へと行くと、扉が開いていた、静かに立ち入ると血の匂いがした。
「もしかして、熊に殺られたのか…」
「声が聞こえないから、そうかもっす」
「…………」
小屋の奥へと進むと血の匂いが濃くなり、生物の荒い息が聞こえた。
何かが靴の裏にヌルリとまとわり付く。日が昇り窓から差し込む日の光で部屋が明るくなった。
「……」
「…………」
そこにあった光景は豹の獣人の腸を貪る熊の姿だった。隣には顔が無くなり首が折れ、爪で腹を切り裂かれ内臓の出た虎の獣人の死体があった。
「……天罰が当たったんすよ」
「だな。だが、このままにしておくわけには」
「血の匂いが立ち込めてるんで、俺たちの匂いに気がついてないっす。今のうちに防御魔法かけておくっす【ダブルコクーン】」
「……大丈夫、なんだろうな」
「見えにくくなってるんで、大丈夫っす。もし相手が俺たちに気がついたら、ブラッド看守長が注意を惹きつけてください」
「また俺は囮か…」
ブラッドは少し前、クローリーと一緒に熊と戦ったことを思い出した。
【フォース・パルシーバインド】
ノアは、食事に夢中になっている熊の後ろから投げ縄状の魔法をかけた。
投げ縄が熊の体に命中したのを確認した、ノアは後ろを向き縄に体重をかけ締めあげた。
荒い息をしていた熊は、すぐに大人しくなった。
「本当なら人食い熊は仕留めておきたいっすけど、資格ないとできないみたいなんで、このまま、この熊を締め上げ続けておくんで、ブラッド看守長は報告に行ってください」
「ああ。分かった」
ブラッドは急いで屋敷へと戻り、大巫女に状況を報告した。
大巫女はすでに起きていたが、髪を結っている最中だったので、不機嫌そうに言った。
「こんな早くに何事かと思えば、罠を勝手に仕掛けていた密猟者を捕まえに行ったら、熊に殺されていただと…」
「この場合の処理は、どこがするんですか?」
「大陸の被疑者死亡の場合、ハンター東支部で遺体を処理した後、大陸中央の裁判所に書類送検される」
「生きていた場合は、どうするんですか?」
「東で密猟は死罪じゃ」
「参考までに、どういう風に殺すんですか?」
「打首獄門だ。要するに首を切断した後、晒し首にする」
「…………」
ブラッドは、ふと、先の事件の陰惨な現場で、クローリーがあまり動揺していない様に見えた違和感は“見慣れているから”だと納得した。
「準備や書類作成や手続きで、東のハンター支部が駆けつけるまで、一時間ほどかかりそうだ」
「それなら、俺は現場に戻ります。ノアを置いてきているので」
「……奴らの自滅とはいえ、人を食った熊の拘束感謝する。特別に許可を出すから、ノアに『熊を仕留めていい』と伝えてくれ」
「分かりました」
ブラッドは大巫女の部屋を退出した後、小屋へと戻りノアへと伝えた。
「……良かった。なかなか麻痺が効かなくて魔力結構使っちゃったっす」
「残念ながら、この熊は食えないな」
【デス】
ノアは即死魔法を唱えた。
「仕留めるのも魔法なのか?」
「モンスター化した野生熊と違って、普通の野生動物には即死魔法が確実っす」
「なぁ、お前らなんで、安月給な中央の獄卒なんてやってるんだ」
三兄弟それぞれ、獄卒に見合わない能力を持ち合わせていることに、ブラッドは薄っすら疑問を抱いていたが、その能力を目の当たりにして、思わず口に出た。
「まぁ、色々あるっすよ。強いていうなら、父ちゃんと弟のためっすね」
「…………」
ブラッドはノアの言い方に、それとなく事情を察した。




