第四話 昔話
予想もしていなかった発言に、俺とブラッドが固まると、族長はササッと手を家の奥に向け、俺たちを家の食卓テーブルに案内してくれた。
「長旅じゃったろ。少し落ち着いてからゆっくり話をせんとな」
「少しですが、グリーンベアーの草と肉です」
「……すまんのう」
俺たちが席に着くと、族長はクッキーの乗った皿を俺たちの目の前に置き「お茶を淹れるから少し待っててな」と奥のキッチンへと消えて行った。
バニーライカン今の代の族長は約六十年ほど前に就任。ライカンの族長は各種別ごとに一人立てられるが、交代でダンジョンへの道の結界に異常がないか監視するため、森の奥にある道の入口に専用の小屋が建てられていて、定期的にそこへ住むことになっている。
その間、各種別の地区は族長の家族から選ばれた副族長が仕切ることになっている。
少しすると、族長がキッチンからカップに入ったお茶を持って来て、俺たちの前に置き席についた。
「……さて、話をしようか。私が族長になって間もない頃、北のダンジョンの近くに人間界への扉が現れた」
「約六十年前ですね」
「ああ、弟は私より二十歳も下でな。家庭も持たずに遊び回っていた。扉が現れてから半年も過ぎた頃、弟は急に真面目に働くようになった。やっと落着くのか?と尋ねたら『子供が生まれる』と返ってきた。そりゃめでたいから「相手を連れてきなさい」と言ったら、相手は人間だと」
「……それで、どうしたんですか?」
人間の女に一目惚れして愛し合う。
ありそうではある話だ。
「あまりにも嬉しそうだった弟に強く言えず、私も族長になったばかりで解任どころか、追放は避けたいから「それは禁忌だから」と弟に口止めをしました」
「そして人間の女性と、アナタの弟との間に子供が産まれた」
「ああ…双子で片方は耳無しで死産だったが、片方は耳ありで無事に産まれた」
「双子か…」
ブラッドは顎に手を当て何か考えている。
「何か引っかかるのか?」
「いや…別に初めての出産で、双子はかなり負担がかかったのではと思ってな」
「弟も嬉しさより、死産と母体の心配をしていた」
「その後は、その母親は十年もしないうちに病死したという、俺が聞いた話ですか?」
「ああ、だが、まだ話していないことがある。その母親の病気は肝臓を他人から貰わないと治らない病気でな。腕のいい治癒士に見てもらったが、なにせ魔法が効かないので、手の施しようがなかったらしい」
治癒士は、体の内部を透視する特殊な魔法を使える。
「確かに、惨殺事件の被害者は臓器が抜かれていましたが…」
「母親が亡くなった時、弟から私へ手紙が来た。息子も母と同じ病にかかったと」
「息子も、他人の臓器がないと長生きできない体にか……」
「私は、弟が息子のために惨殺事件を起こしたのでは。と思うんです」
「ところで、弟さんとその息子を隠すため人間の集落はどこに?」
「ダンジョンへの道の五合目から二股に別れた道を、ひたすら進むと泉に橋がかかっている。その橋を渡った先の洞窟にある」
「他に人間は?管理職ゆえ確認しておきたいのです」
「弟が惚れた女性の兄は今も生きているから、その人に会って話の詳細を訊くといい。今日は暗いから、翌朝、道への結界を解いてあげるよ」
「ご協力ありがとうございました。」
「…………」
「どうした? なんか腑に落ちなさそうだな」
「いや…なんでもない」