第十話 お手伝いアルくん その1
犬の獄卒三兄弟の次男アルは金がない。なのでクローリーの家で手伝いをして旅行代を稼ぐことになったのである。
「とりあえず、この米俵を米倉まで運んで貰おうか。私たちだけでは重いのでな」
白蛇巫女の、天に言われるがまま、アルは米俵の乗っている荷車を米倉の前へと運んだ。
「うす…」
「凄いな。米俵五つ乗った荷車をひとりで牽くとは」
米俵は一つ六十キログラムなので、三百キログラムになる。
「力だけはあります」
「それでは、荷車から移動して貰おうか」
アルは米俵を軽々と持ち上げ、僅か五分ほどで最初の仕事を終わらせた。
「次は台所へ行って、料理番の雨紺と沙紺の手伝いをしてもらおうか」
天に案内され付いてきたのは台所。
広い台所に白くて大きな耳とふわふわの尻尾を持った狐の巫女が二人並んでいる。
「料理番の白狐、雨紺沙紺姉妹だ」
「雨紺です。よろしくお願いします」
「沙紺です。よろしくお願いしますです」
雨紺は狐らしいキリッとした顔立ちで背中まである髪の毛を緩く後ろで束ねている、沙紺は丸目でふんわりした顔をしていて背中まである髪の毛をきっちり束ねている。
「俺はアルと言います。少しの間、よろしくお願いします」
「よろしくぅ〜」
「こちらこそ。よろしくです」
「…………ええと。何から、すれば良いでしょうか」
先に手を挙げたのは沙紺だった。
「それじゃあですね。近くの畑にある小屋に南瓜と保存してあるお野菜があるので、一緒に運びましょ。今日は黒瓜様と、そのご友人も一緒にお食事なさるとのことですので、いっぱい運ばなければならないです」
「分かりました」
屋敷の北門を出ると、結構な広さの畑と水田と小屋が三棟ある。一つは水車の付いた小屋で、もう一つは鳥の声が聞こえるので鳥小屋だ。
「ここが、野菜の貯蔵小屋です。この荷台に南瓜を二玉、サツマイモを十本乗せてください」
沙紺の言う通り荷台に南瓜とサツマイモを乗せた。
「はい」
「アルさんと、黒瓜様のご友人でお肉食べる方いますか?」
「俺と、兄のノル、弟のノアと俺の上司のブラッドさんは食べると思います」
「今日は二鉢さんもいるみたいだし、もう一羽追加しちゃおう」
「もう一羽?」
「鶏ですよ。お嫌いですか? 神社では基本四脚の生き物は食べないので、主に鳥のお肉とお魚をいただきます。狐は雑食なので私たちがいるとお料理の幅が広いのです」
「……なるほど。鶏肉は好きだ」
「じゃあ鶏小屋に行くです。新鮮な玉子も手に入るかもしれません」
鶏小屋に行くと、十数羽の鶏がいた。仕切りで分けてある半分には、子鴨がいた。
「子鴨?」
「子鴨さんは水田にいる虫を食べてくれるんですよ。フンは肥料になりますし」
「そうなのか…大きくなると、どうなるんだ?」
「稲を食べてしまうので、お肉になります」
「へぇ〜」
「あれ? 『かわいそう…』とか言うのかなと思っちゃいました」
「ウチの母の実家は養豚場で、わりと最近まで手伝っていたから慣れてる。兄は餌やり、弟は体調管理、そして俺は屠殺担当だ」
「それなら、これから鶏さんを二羽締めても大丈夫ですね。姉の雨紺は、お魚捌くのは上手ですけど、鳥を締めるのが苦手でして、これは私の仕事なんです」
「俺の兄も屠殺や屠殺場は苦手なんだ。弟は平気なんだがな」
「ご飯あげてると、愛着が湧いちゃいます」
「そうだな」
沙紺は言いながら「どの子にしようかな〜」と選び、手際よく二羽根を捕まえた。
「一羽持っていてもらえますか?」
手際よく縄で鶏の羽を括り渡された。
「今日は玉子が無かったみたいなので、諦めましょう」
「…………」
鶏小屋の裏に扉のない小さな屠殺用の小屋がある。
「いただきます」
沙紺がナタを振り首を切断する。
「流石だな返り血がない」
足を持って逆さまに吊るして血を抜く、もう一羽も同じ作業を繰り返す。
「血が抜けるまで、台所へ戻りましょ」
「そうだな」
野菜の乗った荷車を引き台所へ戻ると、今度は雨紺が沙紺に用事を申し付けた。
「丁度いいところに来た。味噌が残り少ないから、アルくんと買い出しに行ってきて。樽の赤が二つ、樽の白が三つの五つね」
「はい、お姉様」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
「……行ってきます」
今度は正門を抜け、神社の敷地を通り抜け、牛車に揺られている時に見た街まで来た。
「ここが、お味噌屋さんです。寺院で造っている、お味噌を直売しているんですよ」
店が立ち並ぶ中、隣が空家なのが目立つ。味噌屋の主人は坊主頭で僧侶の服を着ているが、声は女性だ。
「沙紺ちゃん。お久しぶり。お連れの方は?」
「ワケアリで少しのあいだ、お手伝いしてもらっているアルくんです」
「……どうも」
先程まで「アルさん」と呼んでいたのに、姉の「アルくん」呼びで、すっかり「アルくん」になってしまった。
「大陸のかた?」
「ええ、そうですが」
「ここ、隣に空家があるじゃない? 大陸からライオンだかレオンだかって獅子の人が来て、隣を猫メイドの茶屋にしたいって言ってるんだけどね。あなた知り合いじゃない?」
「……噂くらいは知ってますが、面識はありません」
「どんな噂があるの?」
「大陸のフェダリエ族長の元で店を任されていたけれども、経営が上手く行かずクビになったとか。同じ人かどうかは、わかりませんがライオンの男です」
「あら、やっぱり良くない感じなのね」
「……隣の空家、何か問題があるんですか?」
「アルくんそれはですね、空き家の裏庭に謎の祠があるんですよ」
「祠? ああ…何かが封印されてるとか祀ってあるとかってやつか」
東のことはよくわからないが、大陸のダンジョンにも祠があったりするので、アルはそう答えた。
「あの空き家に住むと、不幸が訪れるらしいです」
「呪われてるのか?」
「良くわからないんですよね~それが。黒瓜様の母大巫女様が『呪いなら』と一度来てお祓いしようとしたんですけども、何やら悪いものが祀られているわけではないらしいので、そのまま放置してあるんです」
「不幸が訪れると言っても、死ぬわけではないのなら、別に貸してもいいんじゃないのか?」
店主の僧侶が手をひらひらさせて、俺に向かって言った。
「それがどうやら、あの人、いかがわしいお店にしようとしているみたいで」
「……うん。それはダメだな。ここは神職と僧侶と聖職者が主体なんだろ」
僧侶の店主が補足をする。
「花街もあることにはあるんですけど、ここはメインストリートですから、空き家とはいえ、いかがわしいお店は…」
「噂をすれば、なんとやらですよ」
沙紺の目線の先を見ると、ボサボサの髭と髪の毛が繋がって、たてがみのようになっているライオンの男が肩で風を切りながら、こちらに向かって歩いて来た。
「やあやあ、神社のお狐様ではないですか?」
「……前に、断りましたよね」
「どういうことだ?」
口に手を当て僧侶の店主が耳打ちしてきた。
「祠を粗末に扱って良くないことが起きてはいけないと、空き家を元の地主から買い取ったのは、大巫女様なんです」
「そういうことか…」
「大陸のワンちゃんが、何でお狐様といるんだ?」
「この方は、客人です」
「…………」
「街の観光に貢献してやろう。って言ってんのに、観光客は入れてるのか」
「湯治のお客様は観光ではありません。これ以上街の風紀と秩序を乱すようなら、考えますよ」
「女しかいない神社と、狐や蛇のガキに何ができるってんだ。俺は真っ当にこの地の発展を願って、商売しようとしてるだけだぞ」
「おいテメェ…ハタから聞いてりゃ、ライオンが自称百獣の王だからって、オンナ子供に威嚇してんじゃねぇよ。族長にでもなってから権力振りかざせ。ダッセぇな」
「この人、なぜ猫が、ネコ科の族長なのか知らない、おバカさんなんですよ」
「猫だからだろ」
「アタリです」
アルと沙紺とライオン男のやり取りに、いつの間にか道行く人が立ち止まり、人だかりになっていた。
「……チッ。いまに見ておれ…」
舌打ちしてなんの捻りもない捨て台詞を吐きライオン男は去っていった。街の住人もライオン男のことが気に入らなかったらしく拍手が起きた。
「兄ちゃん。言うね〜」
通りすがりの猫の大工がアルの背中を叩いた。
「……スミマセン。よそ者なのに」
「いけ好かない奴だったから、スカッとしたよ」
「沙紺ちゃんも言うね〜」
「アルくんが言いたいこと言ってくれたので、つい…」
「味噌買いに来たんだろ?」
「樽味噌赤が二つ、白が三つでお願いします」
「一つ二十キログラムだから重いよ」
「大丈夫です。アルくんとっても力持ちなんです」
「荷車貸してあげるから、明日返しに来るんだよ」
「は~い」
「お味噌買ってきたよ〜」
「ありがとう、アルくん。お疲れ様。休憩していいよ」
アルは重いものを運び汗だくになったので、汗を流すため温泉の場所を尋ねた。
「温泉はどこですか?」
沙紺が答えてくれた。
「東門出てついている道を、道なりに行くとあります。男女混浴の湯治場なので水着の着用をお願いします。持参の水着がないなら受付で貸出もしてます」
「わかった。ありがとう」
こうして、アルくんのお使いは一段落したのであった。




