第一話 いざ東へ
俺とブラッドとノルとノア、リリさんとその娘リズの六人は北の港へとやって来た。
王国と東の航路は貨物船のみなので、北の港経由で行く必要がある。北から東の港へは客船で約二十時間かかる。
現在午前十時半、出航は午前十一時で
翌朝には到着する。昼夜朝の三食付きの客船旅だ。
「スイートルームと二名用の特等客室で予約をした者だが」
「大人四名と幼児一名…子供料金は初等までです。え~と…皆様、身分証の提示をしてください」
チケット売り場の男は俺の顔を見て、何歳なのかと思ったようだ。
確かに俺の見た目は十二歳くらいだが中身は三十代も半ばだ。俺が身分証を見せるとチケット売り場の男は急に態度を改めた。
「……す…スミマセンでした。クローリー様。特等・一等客室は半額です」
売り場の男の態度のかしこまり方に、呆れた顔でブラッドが俺を見た。
王国にある中央監獄で看守長をしていて拷問が趣味のダークエルフ、普段は看守服だが今日は私服だ。
「監獄の受け付けもオマエの身分証見てかしこまってたが、実は有名人なんだな。東への渡航は審査が厳しいはずなんだが」
「そりゃそうだろ。東の神職トップ大巫女の息子だからな」
大陸は西にエルフの王国、南にドワーフ、北に獣人が住んでいて、教会の神父が国王の次に権力があるが、性別が月の満ち欠けで変わる種族月人が住んでいる東は半独立の島国で教会の支部はあるが、大社の大巫女が事実上国のトップである。
つい最近まで王国で月人を被害者に含む連続殺人事件が起きていたので、渡航制限がかかっていたが、犯人が逮捕され制限が解除されたばかりだ。
調子のいい声でノアが口を挟む。
「中央監獄の獄長と看守長は、あらゆる刑に対応するため無宗教ッスから」
「――ノア有給休暇中だぞ。人前で仕事の話は…」
このお固い口調の男が今回の主役ノルである。三つ子だけあって両耳立ちで短髪愛嬌のある表情のノルと顔の造りは一緒だが、左耳が折れていて少し長めの真中分けの髪型で几帳面そうな顔をしている。
「物騒な話はナシよ〜」
おっとりした口調のウサギ耳のこの女性は最近副族長に就任したばかりのリリさん。俺の行きつけの娼館で踊り子をしていた。引退しているが時々ステージに上がる。夫も娘もいるのでもう服は脱がないが、踊りだけでもかなりセクシーだ。
「なひょ〜」
リリさんの娘のリズ三歳らしい。
俺たちが船に乗り込むと乗組員が客室へと案内してくれた。
スイートルームはクローリー様、ブラッド様、ノル様、ノア様の男性四人、特等室はリリ様とリズ様の女性二人ですね。
「リリさんごめん。別室で。寝る時以外は、この部屋にいてもいいから」
「ありがと。東へは観光で一度だけ行ったことあるけど、スイートルームと特等室は初めてだわ」
「食事だけ全員分スイートルームで頼めるか?」
「かしこまりました。お食事のメインははどうなさいますか?
「俺とリリさんとリズちゃんの分は肉と魚抜きで頼む」
「他の皆様は、肉とお魚どちらに致しますか?」
「俺は魚で」
「俺は肉ッス」
「…俺も肉で」
「ブラッド様が魚、ノア様とノル様が肉ですね。昼食までの間お茶をお楽しみください」
「……にしても、すごいッスね。スイートルーム」
「しゅごい…おうちよりおっきい」
「ほんとに」
「金持ちは違うな…」
「ノルとノアの家も名家だと聞いたが?」
「ウチの実家は確かに豪邸っすけど、東への客船は乗ったことないっす」
「確かに用がないので、東へは行ったことがない。ウチの家訓は『質実剛健』だから移動は二等室だ」
「そういえば、俺も東に行ったことがないな」
「ブラッドも行ったことがないのか…」
「観光目的に行くにしても、土産を持ち込むのも、持ち帰るのも許可がいるからな。面倒くさい」
「島国は検疫が必要だから仕方ない。大陸から伝染病が持ち込まれ、月人が大量死した歴史があるからな。因みにこの部屋、東の神職専用だ」
スイートルームのテーブルの上に乗っている二段のティースタンドから、メレンゲクッキーを一枚取って囓る。
「……どエラい育ちなんすね。それ見たことない菓子っす」
「メレンゲクッキー」
「この食感…食べたことないっす」
「落雁に似てるから好きだ」
ティースタンドから琥珀糖を取ったリズが目を輝かせている。
「わ〜ほうせきキラキラ〜」
「クローリーちゃん、これ食べられるの?」
「琥珀糖っていう東の菓子だ食べられる」
「あまい〜おいしい〜」
「茶も淹れないで…」
ノルが茶を淹れようとして、違和感に気がついた。
「……どうやって、淹れるんだ?」
「煎茶は淹れたことがないか…紅茶は勝手が違うからマトモに入れられないが、煎茶ならまかせろ」
「オマエの淹れる紅茶マズイと思ったら、勝手が違うのか」
「紅茶みたく熱湯で淹れないから猫舌でも大丈夫だ」
置いてある鉄瓶の温度を触って確認し、茶葉を入れて湯を注ぎ人数分の湯呑みに回し注ぎをする。
「……なんか緑色っすね…」
「緑茶西で言うところのグリーンティーだな」
「一度だけ西の寺院に用があったときに頂いたことがある。最西端の崖山の頂上にあるから行くだけで死にかけた。そこで黒くて四角い菓子も頂いた」
「寺院の菓子と言えば羊羹だな」
「あら、このお茶甘みがあるわ」
「低めの温度で淹れると茶葉の甘みが出るんだ。紅茶は茶葉の量と抽出時間が難しい」
「紅茶とは全然違うな」
「そうッスね」
ティースタンドのお菓子をつまみながら談笑していたら、乱暴にドアをノックする音が聞こえた。
「――クローリー様。大変です〜」
「どうした?」
ドアを開けると、かなり慌てた様子の乗組員がいた。
「不審者が船に侵入しているかも知れません…」
「不審者?」
「クローリー様たちが乗り込んですぐ、船のチケット売り場の近くで不審な男がずっと、船のほうを見ていたんですが、出航五分前、もう誰も来ないだろうと、チケット売り場の店員がトイレに行って戻ったらその男は消えてたんです」
「密航者が船に乗り込むチャンスを狙っていたかも知れないな」
ノアがこめかみに指を当てて首を傾げている。
「……ん~そういえば…さっき部屋に案内される時、嗅ぎなれたニオイがしたような〜」
「…………それはあるかもな…」
「ノル何があるんだ?」
「どこで嗅いだ?」
「特等室の前を通り過ぎた時っす」
「本日の特等室に宿泊するお客様はリリ様とリズ様だけです」
「特等室は何部屋ある?」
「八部屋です。その内の一部屋はリリ様とリズ様のお部屋です」
ブラッドが考え込む仕草をする。
「荷物が置いてあって、鍵のかかっているリリさんとリズちゃんの部屋に不審者が入ることはないだろうから、七分の一か…」
「まだニオイが残ってるかも知れないから行ってみるっす」
「コレは絶対にあるな…ある…」
ノルは独り言の様に「ある」とつぶやいている。
「隠れているなら下手に動かないはずだ行ってみよう」
特等室が並ぶ廊下に来た。廊下を挟んで四部屋ずつ並んでいる。
「ノアどの辺りで匂いがした?」
上司らしくブラッドが仕切り始めた。
「この部屋っす」
三号室の前でノアの足が止まり、鼻をくんくんさせている。
「あれ? めちゃめちゃ嗅いだことある匂いっす…」
乗組員が鍵を開ける。部屋には人の気配がない。
「コレはアルだな。出てこい」
ノルが大きな声を出すと、クローゼットから背の高いイヌ耳の男が出てきた。
「……ちっ…バレたか…」
「アル兄〜」
「ノルの言っていた“ある”かもって、そっちのアルか…」
ブラッドは脱力した様子だ。こうして不審者の正体は即バレしたのだった。




