第二十一話 甘い罠
「……僕のせいです…」
「何のことだ?」
「伯父さんが亡くなったのは、僕のせいです」
「…………」
「何があった?」
「二十年前、僕は住居のある洞窟の近くで蜜蜂の巣を見つけ、蜂蜜を採って洞窟に持ち帰ったんです。そうしたら、黄色い熊が洞窟に……」
「アイツ蜜蜂を飼って蜂蜜を溜め込んでいたのか」
「……餌を盗られたと勘違いしたのか」
「ええ…しかも、その蜂蜜を食べてしまった伯父さんは…」
「犯人と勘違いされ、真っ先にやられた」
「はい…病気を診断できるのは伯父さんだけなので、僕は自分の病気が何なのかも、良くなっているのかも分からなくなってしまい、薬と手術に頼ることしかできなく」
「二十年前のことは分かった。あの男女七人はいつから、ああして…」
ブラッドが俺に目配せし、話し出した。
「伯父さんの話によると五十年前に来て、二十年もせずにいなくなったって言ってたから、三十年くらいか? 伯父が亡くなってリンクが洞窟を出なければならなくなる前だな。なぜそんな前から」
族長が口を結び、目を閉じ震えた声で語りだした。
「息子が、王立の研究所志望で落ちたのです。それで人間の治癒の研究論文を書きたいと…私は人間の女性と子を持った身…息子には逆らえず一人ずつ攫って」
「それが、グール化させた臓器の移植と、グールの再生能力を利用した再生薬の研究ということですか?」
「ええ、最初のうちは良かったのですが、グールに三十年も、まともな食事を与えずにいると再生能力が衰え、思う様な結果が得られず、再生に新鮮な臓器を手に入れなければならなくなり犯行を…」
「なぜ薬漬けに?」
「暴れないためにと、苦痛を少なくするためです。苦痛が少ないほど再生が促進されるのです」
ただの実験道具として、切り刻まれては肉体を再生し続けなければならないと説明されれば、切り刻まれなくても暴れるのは当然だ。
やはりこの父子、あの六人を人として見ていない。狂っている。
「ですがひとりだけ、つい最近まで完全にグール化しない女性がいたのです。その女性がグール化しない再生薬の鍵になるはずが、私たちが留守の時に…」
「逃げ出したわけですね」
「はい。結局見つかりませんでした」
話の最中リンクを盗み見ると、俯き何かを呟いている。
「…我、祝福されし者…我が手に業火の…炎を、怒りと共に…全てを焼き尽くし、灰燼とせよ」
「…ヤバい。特級火炎魔法の詠唱だ…!!」
「どういうことだ? リンクは魔力がなくて魔法が使えないはずじゃ…」
「詠唱がほぼ終わってる。時限式の自爆魔法だ。この部屋から逃げないと、崩れて出られなくなるぞ」
「待て、族長とその息子は何が何でも連れて行く。ノアはノルを…」
「はいっす。扉を開けたらログ転送で、出入り口まで逃げられるっす」
「……ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…母さん」
「爆発が起きるぞ…」
「転送準備完了っす!!」
「……リンク…」
「ああ゛俺の長年の研究が……」
「俺たちも、行くぞ」
部屋の扉を開き、ブラッドが族長と息子を電撃で気絶させて放り投げた。
俺たちも続いて部屋の外に出た。断崖にある出入り口に転送されると同時に、大きな爆発が起き、洞窟は崩壊して引き返せなくなった。
「……コレで、良かったんっすかね?」
「親の前でなければ、あれで生きたいと思うほうが不思議だ。クローリーも祈りくらい捧げたらどうだ」
そう言い、ブラッドとノアは崩れた洞窟に向かい黙祷を捧げた。
「俺の血は神職と言っても、慈悲を与えるほうじゃなく、神を鎮めるほうだからな」
“おやすみ”と口に出さずに言っておくだけにした。
「ブラッド看守長、コイツらどうします? 俺はノル兄ちゃん担いで上に登れないっすから、兄ちゃんが完全に目覚めるのを待ちます」
ノアが拘束されて転がされている族長とその息子を軽く足蹴にし、意識の戻りかけで『う~ん』と言っている兄の隣に座り込んだ。
「……俺が担いで、ジャンプして一人ずつ運ぶか?」
「俺が先に登ってロープを垂らして引き上げる」
「わかった」
「じゃあ、ノア先に行ってる」
「はい。看守長」
二人を断崖から引っ張り上げ、上に登った俺たちは、一息ついて今後について話し合った。
「俺は犯人を“好きにしていい”という条件で、この件を受けたから、騎士団に犯人を報告した後、二人を監獄に連れて行く。ハントの報酬は全部オマエにやる。俺はこの二人だけでいい」
「……なぁ、ブラッド。奥様と、もう一人の息子はどうなるんだ」
「罪の重さは“どこまで知っていたか”によるな」
『俺たちだから、正気でいられたっす。研究内容を知っていたら、きっと奥さんは正気ではいられないっす』
通信器からノアの声がした。
「通信器、繋がったままだったのか…」
『ノル兄ちゃん、通信器切り忘れて気を失ってたみたいっす』
「……薬の後遺症があるようなら、俺に言えよ。東には不出の薬がある」
「はいダンナ」




