第十四話 冥府
鉄道で王国に着いた俺たちは、冥府の王が言っていた“珍しい肉”を食べたという、グールに会うため中央監獄へと向かった。
地上四階、地下九階にも及ぶ大監獄。
地上二階から四階は幼年、少年、女性刑務所となっていて、地下は下の階に行くほど罪が重い。収容人数は二千人ほど。
建物は円形で、房は環状になっていて、その中央に看守室があるので、その階のどこでトラブルがあっても、同じ距離で駆けつけられる様になっている。
「監獄か…一度だけお世話になったけど、雑居房には二度と入るまいと思った」
強盗やら暴行をしでかした荒っぽい奴らと同じ房で、争いが絶えず最悪の環境だった。
「ハンター登録なしでの狩猟採取・無免許での魔法使用は禁じられているからな」
「母様が罰金と保釈金払ってくれて保釈になったのは良いけど、魔法学校で免許習得までさせられるハメに…」
「お陰で、いまはSランクハンターだろ」
監獄の入口にいる受付にブラッドが話しかける。
「コイツの分の通行許可を発行してくれ。下層行きだ」
「では、身分証を確認させていただきます」
俺が身分証を出すと、受付は敬礼した。
「Sランクハンターのクローリー様ですね。通行許可証を発行しました。どうぞ、お通りください」
重々しい鉄格子の門をくぐり、囚人の房を罵倒を受けつつ通り抜け、看守室にあるエレベーターで監獄の下層まで降りた。
「……わりと簡単に、通行許可証が発行されるんだな」
「まぁ、この監獄はダンジョンの下層冥府の門と繋がっているからな。ダンジョンの下層まで到達できる実力者は、許可制で、こちらからでもダンジョンに出入りできるようになっている」
ダンジョン下層には、貴重な鉱石やモンスターの素材があるので、優秀なハンターには特別な許可を出しているということだ。
ダンジョンの難易度は各地ごとに異なる。
西は人語を喋れる比較的穏やかなモンスターが多いので、初心者から中級者向けで、中級者でも頑張れば下層入口までは行ける。
南のダンジョンは火山地帯にあって、火属性や土属性のモンスターやドラゴンの棲家となっているので上級者向け。
北のダンジョンは寒さに耐えるため、野生モンスターが巨大化していて、族長達が結界を張り立ち入りを禁じるくらい、ダンジョンの外に危険なモンスターが多い。
東は大陸から離れた島国なので、大陸とは全く違う種だらけのダンジョンが二か所もある。
「冥府へは獄長か看守長と、その付き人二名の三名までしか通れない。ノアを連れてくか?」
「いや…大丈夫だろ」
鍵の付いた鎖を外し、扉を開くと、荒れ果てた土地の遠くに、川が流れているのが見えるだけの寒々しい景色が広がっている。
「……グール共に寄られても、構うなよ」
「絡まれたら、考える」
「…………」
川の向こうが冥府の王の居城らしく、川に近づくにつれ、俺たちを遠巻きに見ているグールの数が増えていく。
グールに咬まれた傷で死んだ場合はリビングデッドになるが、咬まれた傷をそのまま放置するとグールになる。
咬まれて完全にグール化する前の段階ならば、教会や神社仏閣で聖職者に呪いを解除してもらえるが、完全にグール化した者は元には戻せない。
リビングデッドは頭部を破壊すれば倒せるが、グールになった場合、心臓を完全に焼却しない限り再生するので死なない。
「看守長だ…」
「喰っちまおうか?」
「ウサギの小僧連れてるぞ、美味そうだ」
どうやら俺たちも完全に、アイツ等のエサらしい。
「川を渡ると、あの世だから戻ってこられなくなるが、極長と看守長専用入口がある」
ブラッドが空中に手をかざすと、空間が歪み抜け道が出現した。
抜け道を少し進むと、白髪頭を後に撫でつけ、左目にモノクルをつけ燕尾服を着た王の執事らしき老紳士が丁寧にお辞儀をして俺たちを出迎えた。
「看守長のブラッド様ですね。お連れ様は…」
老紳士はモノクルに指をかけ、俺の顔をまじまじと見ている。
「…………なんだよ…」
「東の方は少し…」
「東出身だが、俺は神職じゃない」
「……オマエ、北のライカンじゃなかったのか」
「ブラッド、俺が逮捕された時のプロフィール見なかったのか。東出身とちゃんと書いてあるぞ。東の出身だが、東にも獣人はいる」
老紳士は戸惑った顔をして、俺をじっと見ている。
「神職の血を引いていらっしゃいますね」
「ああ、月人の大巫女の血だ」
「大巫女…教会に次ぐ聖職者のトップじゃないか」
教会の神父とシスター・神社の宮司と巫女・寺の僧侶と三大聖職だが大陸では教会が独占状態で、神社と仏閣は東にしかない。神託を得る巫女は神社のトップである。
「巫女の結婚は許されていないが、獣人と交わることは禁じられていない。むしろ獣人との交わりは霊力を高める。神社ではウサギは子宝の象徴だ」
「要するに、ライカンと月人のハイブリッドというわけか」
「ご要件は察しが付きますので、お通りください」
寒々しい外の風景と同じく、白い柱に赤い絨毯だけの殺風景な城内を進み、二匹の蛇の金細工が施してある扉を開けると、金と紫のビロードで華やかな玉座に冥府の王が片肘をついて座っている。
「要件は分かっている。だが、一足遅かったようだ」
「どういうことだ?」
「肉を喰った奴らは、気がおかしくなって死んだ」
「……グールなのに死ぬのか?」
「肉を欲するあまり、仲間を手当たり次第に襲って喰い始めたから、私が介入して処分せざるえなかった」
普段は拷問好きで、猟奇殺人犯も扱うブラッドが眉を顰めて呟いた。
「共食いか…」
「人間の肉かと思ったが、共食いならば、確かに“食べたことのない肉”にはなるな」
「だが、私が介入した時に共食いをしていた奴が言ったんだ“違う。この味じゃない”と」
ブラッドが考え込む仕草をし、独り言の様に言った。
「そもそも、事件と関係あるのかどうか」
「誰も食べたことのない肉ということは、混血の可能性も…」
「肉を、どの辺りで入手したか分かりますか?」
「グール共も悪い連中は、監獄から供給される犯罪者だけでは足らず、ダンジョン攻略者やハンターを狩りに出る奴もいる。西のダンジョンの出入り口の近くに滝がある。滝の裏の洞窟をまっすぐ進むと、月の光が差し込む場所がある。そこは月夜草の群生地になっている。そこで、肉を食っている西の冥府では見かけないグールに会ったそうだ。」
「グール?ウサギの?」
「いや…人間のような姿をしていたらしい。グールに咬まれればグールになる。西以外で人間のグールがいてもおかしくはない。そいつから『食べるか?』と勧められ、一口食べたらいままで食べたことのない肉だったそうだ」
北で消えた七人の男女が頭を過ったが、考えたくもない最悪の事態なので、振り払うため頭を左右に振った。
「……クローリー大丈夫か?」
「ああ…」
その嫌な考えを引き裂く様に、ビーッとけたたましいサイレン音が鳴った。
『緊急です。惨殺事件が発生しました。ブラッド看守長と、お連れのクローリー様は、お戻りください』
「……!?」
「しまった!!」




