第一話 白露
クローリーは退屈していた。
実家である東の旅行中も、それなりに忙しかったので帰ってきて、一週間はだらけて過ごせた。
そこから更に、何もない一週間が過ぎようとしていた。
何かしら動いているほうが好きな性分なので、何か受けられる依頼はないかと、ハンター協会に行くことを決意した矢先、玄関の扉を控えめにノックする音がしたので出ると、自分と同じくらいの背丈の僧侶だった。
頭頂部と後頭部を残しサイドを剃って、伸ばした長い髪を後ろで結んで団子にしている。
「白露?」
「お久しぶりです。黒瓜お兄様」
クローリーの母、九十九の一番下の子でクローリーの腹違いの弟である。年齢は十七歳とクローリーより二十も歳下である。
月人は一人子が産まれるたびに、子を育てるため細胞が老化しなくなる。
出産したほうは二十年、種を付けたほうは十年を年を取らない。子が多ければ多いほど年を取らない。九十九は五人もの子に恵まれているので老化しないのである。
「どうした? 大陸で托鉢修行か?」
「いえ、実は、お兄様に話を聞いて欲しい事がありまして」
クローリーは白露の真剣な表情を見て、何か只事ではないことが起きていると感じた。
「とりあえず、中に入りなよ。お茶とお菓子出すから」
「はい。お兄様」
クローリーがお茶を出すと、白露は話し始めた。
「滞在中に来てくれれば、良かったのに」
「帰ってきてたのは知ってましたが、
忙しかったので」
東には三つの寺院があり、白露のいる最大の寺院とは仲が良いが、他の二つの寺院と神社は、むかし争いに発展したことがあるくらいには仲が良くない。
「一年前くらいから、各寺院で集団脱走が相次いでまして」
「そりゃ、禁欲や修練は辛いし」
クローリーも神学校の禁欲生活に耐えられず、神学校を中退したので、人のことは言えない。
「私のいる寺院で脱走者はいなかったんですが、ちょうどお兄様たちが来る数日前に七名もの脱走がありました」
「ただの脱走じゃないと?」
「最近、大陸に寺院が建ったとの噂は聞いたことがありますか?」
「いや、ないな」
教会が権力を持つ大陸に異教の寺院が建てばすぐに分かる。神社は祈願用の小さな祠のみ認められている。
「脱走者は、大陸のどこかにいるとの噂です」
「俺に調べて欲しいと?」
「そうなんです。今のところ公にはしたくないので、お兄様しか頼れる人がいないんです」
「手掛かりはあるのか?」
「涅槃脱走者は脱走前うわ言の様に、何回も呟いていました」
「ニルヴァーナか…」
「もう一つ、先にあった連続殺人事件お兄様が犯人探しに関わったと聞きました。殺された月人の僧侶は集団脱走者の一人なのです」
「ただの修行僧じゃなかった。ということか」
「そうなりますね」
「……少し、考えさせてくれるか?」
「ええ」
「そういえば白露。泊まるところはあるのか?」
「最初から、お兄様のところに泊まるつもりですが?」
図太いところは母に似ていると、クローリーは溜息をついた。
「お兄様。ちゃんと食べてますか? 食材が全然ありませんよ」
「里帰りで色々あって疲れたから、二週間も買い出しに行けてないから、行こうとしてたところだよ」
嘘ではない。ハンター協会に寄ったついでに、買い出しをするつもりだった。
「それならば、明日、街での聞き込みついでに買い出しに行きましょう」
「そうだな」
最初の深刻そうな顔はどこへやら、白露はなにやら楽しそうである。修練や禁欲生活から、一時的にでも開放されたというのが顔に出ている。こういうことにワクワクするのは、血筋だなとクローリーは思った。
「それでは、暫くのあいだ、お願いします。お兄様」
「ああ、よろしく白露」
しばらく、飯の心配と退屈はしないで済みそうだと思った。




