プロローグ 九相
この煩悩は肉体があるからだと、ずっと思っていた。
何十年も前のこと、私たちは大陸に仏の教えを広めるため托鉢修行をしていた。四人で歩いていると、人集りを見つけ、何の人だかりなのかと興味が湧いたので近寄った。
人だかりの奥に、大きなテントがあり、入口には十字架に磔にされた黒い羽の生えた少年がいた。
その少年は痩せ細ってはいたが、目だけは獣の様に鋭く光っていた。磔にされている少年の体には無数の傷があり、ところどころ、肉を剥がされ骨が見えていた。私のいる寺院にある、九相図と呼ばれている、九の段階で死体が朽ちていく様子を描いた絵の二枚目に似ていた。
私の隣りにいる僧侶が呟いた。
「……なんて酷いことを。あの子はもう…」と言い手を合わせていた。他の二人の僧侶は、すぐにその場を離れ、吐き気を堪え口を抑えていたが、私は目を奪われて、ずっと見ていたいと思った。
私は、その日の晩、磔にされた羽の生えた少年のことが頭から離れなくて、よく眠れなかった。
翌日、同じ場所を通り掛かろうとした時、他の三人は人だかりを見ないようにして通り過ぎようとしたが、私はどうしても少年のことが気になって、三人が止めたのも耳に入らず、人だかりをかき分け少年を見た。
少年は、同じく目だけは鋭く輝いている。昨日、肉を剥がされていた場所はすっかり元通りになっていたが、今度は太ももの骨を折られ肉から骨が突き出ていた。
「これは…」
思わず、声が出た私の呟きを聞いた隣の高級そうな毛皮の服を着たエルフの御婦人が、私の呟きに答えた。
「彼、どんな酷い傷も夜までには治っちゃうのよ」
「…………」
「ああ、たまらないわ。堕天使ちゃん」
「堕天使?」
「あなた、東の僧侶でよく知らないようだから教えてあげるわ。私たちエルフには天使の血が流れていると言い伝えがあって、天界から追放され地上にいるのが私たち、あの堕天使ちゃんみたく黒髪、赤い眼、黒い羽を持つのはダークエルフの先祖返りと言われているの」
「何かの罰ではなく、珍しいから、磔にされているということですか?」
東では磔といえば、罪人が罪状と共に罰として磔にされ晒される刑がある。
「ええ、そうよ。いま私は私たちが天界にいたという証を見ているの」
「黒い羽がいるということは、白い羽もいるということですか?」
「ええ、少し前に寿命で、お亡くなりになったけれども、大魔法使いの一人に白い羽のエルフがいたのよ」
「…………」
話をしていて、ふと我にかえると他の三人は私を置いて行ってしまっていた。
「あなたの持っているツボは物乞いかしら?」
「……」
「これ、私の話し相手になってくれたお礼。僧侶にお金をあげると、良いことが起こるって聞いたことがあるし」
「…………」
御婦人はツボに金貨を二枚入れてくれた。
「じゃあね〜堕天使ちゃん」
御婦人は少年に、ひらひらと指を振り去っていった。
このことがあり、私は彼のいるところに立ち続けた。そうすると、不思議とお金が集まった。
そうしているうちに、私は肉体が朽ちていくことよりも、不死に憧れを抱くようになった。




