エピローグ 涅槃
この場所に来て、何日が経っただろう。
朝の低く響く鐘の音を数えて八回目、自分で用を足せるくらいには、動けるようにはなったが、起きる時の体のあちこちの痛みはまだ消えず、未だに自分が何者かも思い出せないでいる。
ここは寺院のようだが、何かが違う気がする。用を足しに行く時に通る廊下には、嫌な匂いのする煙が鼻をつき、虚ろな目で廊下に横たわる僧侶らしき者が嫌でも目に入る。
「……つ」
特に足の骨を酷くやってしまったようで、床を踏みしめる度に痛みが走る。
痛みを堪えて歩いていると、廊下に横たわっていた僧侶が声をかけてきた。
「オニーさん。どこか痛いの?」
見た目は男に見えるが、どこか舌っ足らずな女の甘い声。
「足が…」
「じゃあ、これ一口あげる」
パイプを渡され煙草だと思い一口吸った。それは記憶にある煙草ではなかった。
「……ありがとう」
用を足す頃には痛みが消えていた。
俺の世話をしてくれている僧侶が昼食を持ってやって来た。
「さっき見ましたよ。アレを一口吸うところ」
「あれは、何なんだ? 一口吸っただけで痛かった足が痛くなくなっている」
「この世の痛みを消す薬です」
「そんな、都合のいい薬があるわけ…」
「ありますよ。心の傷も癒やしてくれるんです」
「……あの僧侶、ずっと廊下で寝ているようだが、どこか悪いのか?」
「あれは、解脱の修行中なのです」
「げだつ?」
「あらゆるものからの解放です。私はまだ修練が足りないので、あの域にはいけません。あの煙は涅槃への入り口なのです」
僧侶は興奮した様子から、急に我に返り、ベッドのテーブルに食事が置かれた。
「すみません。ちょっと、興奮しちゃいました」
「……にしても、ここに肉はないのか」
朝昼晩ライスと野菜と、豆か海藻でできた何かしか出てこない。
「そんな。私たちは不殺ですよ生き物を食べるなんてとんでもない」
何かが変だと思うが、寺院に全く馴染みがないので、変だと思う根拠に乏しいので、そんなものかと思い始めていた。




