第一話 回避不能
高校二年生の鈴木祐希は、今日は機嫌がよかった。
機嫌がいい理由は簡単で、本日は一学期の中間テストの結果が返ってきたのだ。
「320人中、80位。前より五つ上がっただけだが、少し前進しているだけでもいい気分だな」
ほかの人から見れば、誤差の範囲に感じるかもしれないが、僕は違った。
僕のモットーは地道な努力であり、こういった誤差の範囲のプラスを地道に積み重ねているため、今回もその積み重ねができて喜んでいた。
(今日は自分のご褒美として少し遠出になるけどローストビーフパンでも食べに行こうかな)
一つ1000円ぐらいの高価なものになるが、厳選された山わさびの絶妙なピリ辛感がすごく良い一品だ。
想像したらより行きたくなったため、僕はいつもの帰宅路とは別の道を通っていく。
「いやー、気分のいい時の寄り道は最高だね!」
晴れ渡った空に、いつもとは違う街並み、目新しいものが多く、心も踊る。
そんな時間をより長く味わいたくて、より遠回りをする。この後の予定が特になく、時間に余裕があったことも遠回りしたいという気持ちを加速させた。
そうして僕は、大体の学生が家に帰ってゆっくりしているであろう時間が経っても、目的のパン屋に着くことなく歩き回っていた。
(うわ、もうこんな時間になってる!?)
ちょっと疲れてきたことで、時間を確認した僕は、体感時間の差に驚く。
(ほんと、楽しい時は時間が早く感じるよな)
これ以上歩き回っていると、帰りの時間が怪しくなってくるため、スマホでパン屋までの最短ルートを調べて向かうことにした。
そうして、スマホを取り出してルートを調べようとした時だった。
「なんでそこまで言うの!もう、お母さんなんて知らない!!」
聞き覚えのある声と共にドンと力強くドアを閉める音が聞こえる。
ここにいたら不味いと、直感に従い隠れようするよりも早く、家より飛び出して来た彼女に見つかる。
「す、ずきくん?」
「白雪さん・・・・・・」
この瞬間、僕の思考速度は過去1番の速さを叩き出す。
( あれは、白雪さんで間違いない。
クラスの中でもカーストトップに位置する人物。周りからのイメージは、清廉潔白、文武両道と平たく言えば優等生。
そんな彼女が、若干の涙を流しながら飛び出してきた。彼女のイメージからしても確実に見られたくないシーンを僕は見てしまった。
不味い、非常に不味い。
人間関係が苦手な僕が、この問題に巻き込まらたら、最悪卒業まで禍根を残すような結果になりかねない。
知らぬが仏。
大火傷をするのが分かっていたから、身の丈にあった生活をしていたのに、どうしてこうなるかな。
とにかく、何もなかったことにして切り抜けなければならない。
しかし、どうやって?
見なかったことにするので、許してくださいと言ったところで、僕と白雪さんは赤の他人に等しい。
白雪さん視点では、放置するにはリスクが高すぎる。すんなりと納得する可能性は極めて低い。
なら、どうする?
他にいい案は?)
過去最速の思考速度を持ってしても、僕は良い解決案が思い浮かばなかった。
いや、元々の話をするならば僕は、漫画の主人公みたいな、画期的な方法で全てを解決する力はない。
僕にできるのは、地道に一つ一つ取り組むだけだ。
そういう訳で、思考速度が早くても解決案を出せなく行動できない僕に対して、優等生である白雪の行動は早かった。
「取り敢えず着いてきて!」
白雪さんは僕の手を握り走り出す。
抵抗することはできたが、そんなことをする度胸はない。白雪さんが転ばないように走る速度に気をつけながらついていく。
荷物がないこと、そして文武両道と言われていることもあって、白雪さんは体力があった。
そのため、僕は10分も走らされた。
小学校の時の地獄のマラソン大会を超えるぐらいにはキツかった。
辿り着いた人気のない公園の椅子に、僕は力尽きたように座る。
「ごめんね。こんなに走らせて」
「だ、だいじょうぶです」
かなりキツかったが、それで軽口を叩けるほどの度量は僕にはない。
「その・・・・・・私が・・・・・・こんなことをした訳とかは察してくれてる感じかな?」
それなりのことをしている自覚はあるようで、弱々しい声で聞いてくる。
「親子喧嘩の件ですよね」
僕は察しが悪い人物でもないし、気がきくタイプでもないため、ハッキリと言った。
(さて、ここからどうなるものかな)
普通に考えれば、黙ってあげる代わりに何かしてあげると言った展開だろうか。
正直言って、その展開は僕の心情的には好ましくない。
なぜ好ましくないかは、単純でそれを貰うほどのことはしないからだ。
僕の中では、あれは不幸な事故で、誰にも喋るつもりはないため、何かしてもらう必要なんてない。
(冷静に考えると、親子喧嘩を見られたぐらいでそこまでの話になるか?ならないよな)
絶対にバレたくないというレベルの秘密ではないだろう。もし広まったとしても笑って流せるレベルだ。
そう考えると、黙っておいてほしいとお願いをするだけで十分だろう。
(深く考え過ぎたな。自分の悪いところだ)
冷静に考えればそんな深刻な問題ではない。
お願いされたら終了。それだけの話だ。
そう考えると気が楽になる。そうして僕は白雪さんの言葉を待つ。
関わりがほとんどなかったこともあるのか、すぐには切り出してこなかった。
こちらから何か言葉をかけることもなく、しばらく待っていると、ようやく白雪が口を開く。
「あのね・・・・・・鈴木くんに・・・・・・お願いがあるんだけど、このことはみんなには言わないでほしいの」
こちらの予想通りの、黙って欲しいと言ってきたため、考えていた通り肯定の返事をしようとした。
しかし、白雪さんの話はそれで終わらなかった。
「私の身体を自由に使っていいから・・・・・・だから、みんなにはこのことを言わないで・・・・・・」
「・・・・・・え?」