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1.

2026年、東京。


世界には人を殺しその血肉を食らう化け物、「怪異」が蔓延っていた。


「怪異」は、容赦なく人類の存命を脅かす。

人類が自らの種が滅びていく様を黙って見ている訳がなく、「怪異」が初めて発見された18世紀前半、人類は自らの平和を取り戻すための組織を立ち上げた。


その名も、「怪異対策委員会」だ。


その組織に属する人間たちは、「怪異」の力を制して作られた武器を手に、その化け物たちを次々と殺していった。


しかし、その強力な力をもってしても、怪異を全滅させることは未だにできていない。


ここ東京都内でも、人類と「怪異」の戦いが繰り広げられていた。



────────────────────



「ねーちゃん、おーきーてー!!」


聞きなれた弟の声が寝ぼけた頭に響く。


もう起きるような時間なのか?

せっかくいい夢見てたのに、最悪だ。

そんなことをグダグダ呟いていると、被っていた布団をいきなり引き剥がされた。


「さむっ!!ちょ、起きる!起きるから!せめて布団だけは返して!!」


「やだ。今日10時から撮影あるんでしょ?目が覚めてちょうどいいんじゃない?」


……そうだ。今日は先輩と最近発売されたゲーム 、「紙袋クエスト」のプレイ動画を撮影するんだった。

完全に忘れてた。


ちなみに、この時点で察している方もいると思うが、私は「塩崎せがれ」という名で某動画投稿サイトにて動画をあげている。

チャンネル登録者も50万人ほどいて、生活費を賄えるくらいのお金も稼げている。


私は、ご飯を食べようと食卓に腰掛けた。


「はい、ねーちゃん。これ今日の朝ごはん。」


そう言って弟がテーブルの上に置いた皿には、そぼろが乗せられたトーストが1枚置かれていた。


「ねえ、トーストにそぼろって、合うの……?」


「合うんじゃない?分かんないけど」


怖い。弟の発想が怖い。もっといい組み合わせあっただろ。

まあ、文句を言ってもどうせ「そんなこと言うなら自分で作れ」って言われるだけなので仕方なくそぼろトーストをいただく。


「……あれ?意外とこの組み合わせ合うかも。」


「そう?それはよかった。安心して学校に行ける。」


壁にかけられた時計は7時30分を示している。

弟の言う通り、学校に行く時間だ。

よし。弟を見送ってから、しっかりご飯を食べることにしよう。


「そうだ、ねーちゃん」

弟を見送ろうと玄関前まで行くと、弟が私を呼んできた。

「どした?なんかあった?」

「そんな大したことじゃないんだけど…冷蔵庫のお肉きれたから、買っといて。じゃ、行ってきます!」

「了解。行ってらっしゃい!」

ドアがバタンと閉じる。


…………「お肉きれた」か。

撮影終わったら、「いつものとこ」、行こうかな。

そんな事を考えつつ、ごはん食べたりいろいろしているうちに、なんだかんだ撮影の時間だ。


今回の撮影相手は、「赤霧よる」という先輩動画配信者だ。

彼女のチャンネル登録者数は112万人。実力もゲームの上手さも彼女の方が遥かに上。

そんな超すごい人とコラボできるのは、まじでやべえことである。


これも何かの縁。ぜひ仲良くなってたくさんコラボさせてもらいたい。

そのためには、今日の撮影がとても大事なキーになってくる。もしなにかやらかそうものなら、今後一生コラボさせてもらえないだろう。


ベストコンディションで撮影を行うために、エナジードリンクや糖分多めのお菓子を皿に盛り、パソコンの脇に設置する。


パソコンも起動させ、いつでも撮影できるようにしておいた。準備万端だ。あとは赤霧さんを待つのみ…………



……………寝過ごした。

やってしまった。スマホは11時43分を表示している。

完全にやらかした。


急いで通話アプリを開き、赤霧さんに繋ぐ。

3回呼出し音がなったあと、ヘッドホンから声が聞こえてきた。


「塩崎さん?大丈夫?なんかあったの?」

幸い、赤霧さんは怒っていなさそうだ。むしろこちらを心配してるようにも聞こえる。

「すっ、すみません!!寝坊したというか、寝過ごしたというか……待たせてしまったようで本当に申し訳ないです!!」


相手が自分の前にいる訳でもないのに、土下座してしまった。


「そうなの?よかった。あなたになにかあったんじゃないかってスタッフと話してたんですよー!」


ビクビクしながら返答を待っていると、思いもよらない返事が帰ってきた。

「……へ?怒ったりしないんですか……?」

恐る恐る聞いてみる。

「そんなことする訳ないじゃないですか。私も、普通に寝坊しちゃうことはありますし、しょうがないことですから。」


よかったああああああああああ!!!!

ほんとによかった……下手したら今回の撮影自体なくなるとこだった。

そして今初めて分かったが、この人、超ウルトラスーパーいい人だ。確実に怒らせたらヤバいけど基本なにしても怒んない人だ。


「じゃあ、そろそろ撮影始めましょうか。せがれちゃんって呼んでいいですか?」

「全っ然大丈夫です!なんならタメで話してください!」

「そう?じゃあそうさせてもらうね!」


────────────────────


そうしてなんだかんだ撮影は終わった。


よるさんは撮影中一切怒ったりすることは無く、(多少声を荒らげることはあったが)常にお淑やかにゲームをプレイしていた。きっと育ちがいいんだろう。


って、よるさんに惚れてる場合じゃない!!肉を調達しに行かなければ!!


作業着に着替え、押し入れの中から大きめのボストンバッグを引っ張り出す。


時間は午後6時。12月なので外はもう真っ暗……いや、都会の電灯のせいでそこまでじゃないが、かなり暗くなっている。


私が向かっているのは、東京屈指の自殺名所だ。返り血を浴びたくないので、いつも自殺者を見つけて持って帰るようにしている。


到着して5分で1人発見。死体をボストンバッグに詰める。

その場所にはあと2、3人分の死体があったが、他の利用者のために放置しておく。

これで、今回の目的は達成。あとは、人に見つからずに帰るだけ。



その時、近くで声がした。


「そこのお前、何やってる?」


その低い声に私は動揺してしまった。

……バレた。


なんでバレた?痕跡は全部消したはずなのに、なんで。


私は逃げる。死ぬ気で逃げる。

後ろからは、さっきの男と別の何人かの怒声が聞こえてくる。

その声はどんどん近づいてきて、私はもっと早く走ろうとするが、人間の姿で、しかもボストンバッグを持っていてまともに早く走れるわけがない。

ボストンバッグを置いていくという手もあるが、弟のためにも、そうする訳にはいかない。


何回か銃声がして、ふくらはぎと脇腹に痛みが走る。

私は撃たれたのだ。

体から力が抜けていく。

これじゃ、走るどころか歩くことさえできない。このまま追いつかれ、殺されて終わりだ。


………仕方ない、か。

ここで死ぬことは絶対に避けたい。そのためには、ここに死体を置いて逃げるのが1番だろう。

まだ心のどこかで迷っている自分に「生き延びるためだ。食料はまた別の場所に取りに行けばいい。」と言い聞かせる。

意を決してボストンバッグをその場に置き、変身する。


「怪異」は、人の姿から化け物の姿に変身できる特性を持つ。もちろん、それは私も例外ではない。


私は巨大な狼の姿に変身する。

しかし、変身しても傷口が塞がることはなく、2箇所からの出血と痛みに苦しめられながらやっとのことで追っ手を巻き、小さな路地に逃げ込むことだけしかできなかった。


弟の元に帰れなかった。


無理して走ったこともあってか、出血はさっきよりも酷くなっている。

このままじゃ10分も経たずに死んでしまうだろう。

私が死んだら弟はきっと悲しむし、食料の調達もできなくなる。

それだけは嫌だ。弟の悲しむ顔は見たくない。


だけど、もう意識も薄れてきた。もう死んでしまうみたいだ。

死ぬ時くらいは、せめて人の姿でいたい。

そうして、変身を解いた時だった。


空に、何かが見えたのだ。

鳥のような、コウモリのような……。



「大丈夫ですかっ!?」

いきなり近くから声がして、そちらを振り向くと同い年くらいの綺麗な女の人が立っていた。

助けを求めようと声を出そうとしても、力がぬける。

だけど、どうにか力を振り絞って声を出す。


「たす、けて下さ、い……」


女の人は驚きを隠せていないような、なにかを迷っているような表情でこう告げる。


「……私は、あなたを助けたい。そして、私にはあなたを助けられる方法が1つだけあります。ですが、これはあなたのこれからの人生を狂わせてしまうかもしれません。それでもあなたは、生きることを望みますか?」


また、弟と楽しく暮らせる、あの日常に戻れるなら、

「生きられるなら、なんでもいい……だから………」


「わかりました。本当に、いいんですね?」


私はゆっくり頷く。

彼女はなにかを心に決めたような表情で、語りかけてくる。


「じっとしててくださいね。」



そう、彼女がさっき言ったように、ここから私の平凡な日常が崩れ始めた。

でも今更過去を変えられるわけもない。

変えられるのは、今、燃え盛る東京の街の、この現状だけなんだ。

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