第97話 食後のティータイム
「ルーキス。二人に手合わせの話はしたのか?」
豪華な昼食と、食後に出てきたミナス自慢のショートケーキも食べ終えて、食後のティータイムと洒落込んでいたルーキスに、クラティアが聞いた。
その言葉に、ルーキスは口に含んでいた紅茶を飲み込むと「忘れてました」と師匠に頭を下げた。
「手合わせ?」
「昨日は大して運動が出来なかったからな。妾は運動不足じゃ、そこでお主らに妾の相手をしてもらおうかと思っての」
「私たちでは実力不足だと思うのですが」
「フィリス、と言ったな。もう少し砕けた話し方は出来んのか? 妾たちはもう友人同士であろう」
「いや、あの。恐れ多くて流石に無理です」
「妾が良いと言っておるのじゃ! お主の男と話しているように話せ、良いな!」
椅子に深く腰掛けて、腕を組んで胸を張り、言い放ったクラティアの「お主の男」という言葉に、フィリスは一瞬「誰のこと?」と考えるが、フィリスの近くにいる男などルーキスしかいないわけで。
フィリスは顔を赤くすると「そういう言い方やめて下さい!」と声を上げるが、クラティアに「ああん⁉︎」と街を彷徨くゴロツキや荒っぽい同業者が如くすごまれてしまった。
街ですれ違うような輩程度なら「なによ! 文句ある⁉︎」と反抗するフィリスだが、吸血鬼の女王様にすごまれてしまっては引き下がるしかない。
フィリスはクラティアに言われた通りに軽々しく、友人に話すように「ルーキスはそこらの男とは違うんだからね」と顔を赤くしながら言ってクラティアのように胸の前で腕を組んで頬を膨らせた。
「それで良いのじゃそれで。ありがとうな」
クラティアの消え入りそうな声で言った「ありがとう」はフィリスや隣に座っているルーキスには聞こえなかった。
クラティアの隣に座るミナスだけが、その悲しそうで、何かを懐かしむような声を聞いた。
「しかし、ただ手合わせすると言ってもやる気も起きんだろう。そうじゃなあ、一つ条件を出そう。妾を満足させる事が出来たなら、お主の祖父が死んだ場所のヒントをやろう」
「な、ちょっと待って。何? どういう事? 確かに登山中に私たちの旅の目的は話したけど、なんで陛下が、ああいや、ティ、ティアが私のお爺ちゃんが死んだ場所知ってるのよ」
「違う違う。言葉を履き違えるでない。妾はお主の祖父が死んだ場所のヒントと言ったのじゃ。正確には死んだ場所が分かる場所かのぉ」
その話を聞いてよく分からないと言いたげに首を傾げるフィリスに代わり、何か思い当たるところがあるのか、ルーキスが「もしかして」と口火を切った。
「死者の泉ですか?」
「お主はつまらんなあルーキス。早々に答えを言いおってからに。まあそうじゃ。死者と話せると伝わる死者の泉。王国指定の禁域への通行許可と使用許可を妾経由で取得してやろう」
「死者の泉ってなに?」
「なんじゃ知らんのか?」
「最近の子供は知りませんよ。国の機密なんじゃないんですか?」
「割にお主は知っておるのじゃな」
「まあ、俺は伝記や伝承好きなんで、親に頼んで本も読み漁りましたから」
「まあその死者の泉じゃよ。レヴァンタール王国は数少ない死者の泉が顕現した国の一つだからなあ。運が良いなお主らは。とはいえじゃ。死者に会えるかどうかはこれにも運が必要じゃ」
そんなクラティアの言葉に、ルーキスとフィリスは顔を見合わせた。
別に謎掛けをしているわけではないのだが。
二人はそれぞれに答えを探していたのだ。
「死者の泉の話自体が眉唾だけど、会えるのが運次第ってなに?」
「さあなあ。まあホイホイと無条件で死者に会えるわけもない。何か厳しい条件でもあるのかもな」
「いやいや。割と単純な話じゃよ。つまるところ、死者が生まれ変わっていたりしたら呼び出せんという話じゃ。魂があの世に無いのでは、家に誰もおらんのに尋ねるようなものじゃからな」
クラティアの話に仲良く重ねて「あ〜なるほど」と頷くルーキスとフィリス。
その横で、イロハはミナスが持ってきたクッキーを頬張っている。
それにつられた、というわけでは無いが、ルーキスが紅茶を一口飲もうと口に運んだ。
「そういえば、ロテアの王がご先祖であるベルグリントの霊を呼び出そうとして失敗したという話があったなあ」
「あの大英雄ベルグリント様の⁉︎」
「ブー!」
「きったなあ! ちょっとルーキス大丈夫⁉︎ どうしたの⁉︎」
ルーキスが不意を打たれ、噴き出した紅茶の飛沫が対面に座っている意地の悪いニヤケ面に向かって飛散したが、クラティアはこれを魔法で阻止。
自分の直前で紅茶の霧を止めると、それをまとめてルーキスの開いた口に射出した。
「ごっほ! げほ! 大英雄って、ベルグリントが大英雄ってなに?」
「伝記と伝承が好きなんじゃないの? 知らない? 聖地ロテアに伝わる大英雄ベルグリント様の話。全部話すと長くなるんだけど、有名な話はほらアレ、一人で一万体の魔物を倒したっていう」
そのベルグリント本人だったルーキスに魔物を一人で一万体も討伐したという記憶は無い。
噂話に尾鰭が付いたというのはなんとなく想像できるが、ルーキスは自分の前世を伝えた誰かに呆れて肩を落とした。
「妾らの弟子。ベルグは生まれ変わったという話よ。はてさて、今彼奴はどこで何をしておるのかの〜」
「ベルグリント様の生まれ変わりかあ〜。会ってみたいなあ」
「会ってみたいの〜」
分かって言ってるだろ! この吸血鬼! とは言えず。
ルーキスは眉をひそめてクラティアを睨んで歯噛みする。
そんなルーキスを満足気なニヤけ面で眺め、クラティアはご満悦だ。
そのご満悦な笑顔のまま、クラティアはルーキスたちに「で? 手合わせするかい?」と聞いてテーブルに頬杖をついた。
「やる! 私頑張るわ! もしかしたらお爺ちゃんに会えるかも知れないし」
「俺もやるよ」
師匠に刃を向けるせっかくの機会だからな! と、喉まで出ていた言葉を飲み込んで、ルーキスは残っていた紅茶をグイッと一息で飲み干した。
その言葉にクラティアはニヤッと笑い「では腹休めをしたら裏庭に集合じゃ」と親指を立てて自分の後方の窓を指差したのだった。




