第93話 坑道から出た先で
使役していた主を失い、白い灰と化したゾンビだった者たちは坑道の入り口から吹いてきた風に吹かれて散っていった。
風を呼び寄せたのはクラティアだ。
道の転移結界は消えたが、複雑な坑道から出るためにその風を道標にしたのだ。
「よくやってくれたの〜。お主らのおかげで早々に片付いたわ」
「素直に褒め言葉として受け取っておきますよ、女王陛下」
壁に埋め込まれた光る魔石に照らされた薄明るい坑道を歩いていくルーキスたち。
五人が長々と歩いて外に出た頃には、登山道から頭上に広がる星の海が見える時間になっていた。
「妾たちは夜目が効くし、お主らも暗視の魔法くらいは使えるのであろう? どうする? 下山するか?」
外のおいしい空気を吸い込んで、一息ついていたルーキスたちに前を歩いていたクラティアが振り返り、両手を腰に当てて聞く。
そんなクラティアに、ルーキスは首を横に振った。
「確かに俺は暗視の魔法は使えます。しかしながら陛下、申し訳ないのですが連れの二人は暗視は未習得でありますれば。私たちは明け方に下山したく思います」
「固っ苦しい物言いをする。変わらんなお主は」
ルーキスの言葉に小さな声で不服そうにそう言うと、クラティアはドレスを掴み、翻しながらその場で踊るように回ってみせた。
すると、先ほどまでのルーキスやフィリスと同年代くらいの姿から、二十代半ばほどに身体が成長。
着用していた赤黒いドレスはサイズがあっておらず、たわわに成長した胸がやや苦しそうだ。
そんなクラティアの姿を見て、フィリスとイロハが自分の胸を見下ろして肩を落とした。
「ふふん。ナイスバデーじゃろ?」
「ナイスボディ、だろ? 異世界人から教えてもらった女性に対する最大級の褒め言葉だそうだけど」
そう言ってクラティアの隣に立ったミナスの足元から黒い霧が噴出した。
その霧に包まれたミナスも体が成長。
パッと晴れた霧の中から現れたのは程よく鍛えられた筋肉質の青年だった。
「ほ、本で見たまんまの姿だ。本当にクリスタロス両陛下だったんですね」
そう言って、フィリスは畏って膝を付いて礼をしようとしたのをクラティアは顔をしかめて「やめよ」と呟いた。
その声には少しの寂しさと悲しさが聞き取れる。
「いえしかし」
「妾たちは一時とはいえ同じパーティとして依頼をこなした間柄。しかも結果的にとは言え、妾たちの国の面倒事の解決を手伝ってもらったことになる。故に妾たちはお主たちを友人として見ているのだ。だがら、そう畏まらんでくれ」
「クラティア様」
「それもダメじゃ! 妾のことは友としてティアと呼べ。良いな? 頼む」
身体の年齢は確かに成長したが、精神的には幼くなったのかと思えるほどの強引さ、我儘さだったが、そんなクラティアが何故かフィリスに悲しそうな表情を浮かべたので、フィリスは心中穏やかではないものの。
「わ、わかりまし、ああいや。わ、わかったわよティア」
と、冷や汗を浮かべながら固唾を飲み込んだあとにそう言うと、クラティアの紅い目を真っ直ぐに見つめながら言った。
その様子に、ルーキスは登山中のミナスの「また二人に会えて嬉しい」と言っていた事と、クラティアが自分のことをフィリスに「ティア」と呼ばせたことに心臓が早鐘を打つ。
ルーキスが前世で死ぬまで、クラティアがティアと愛称で呼ばせたのは、自身の夫以外には、ルーキスの前世であるベルグリントの最愛の妻で親友であったシルヴィアただ1人だけだったのだ。
「あ、あの先生」
と、ルーキスが動揺から前世でのクラティアの呼びかたをしようとした瞬間だった。
「はっはっは! 良いな! 今日は良い夜じゃ! 本来なら宴といきたいが、それは別の機会にするとしよう。今日は野宿と洒落込もうではないか」
そう言って、クラティアが心底嬉しそうに笑ったのを見て、隣に立つミナスが困ったようにルーキスを見て苦笑していた。
そんな様子にルーキスはフィリスとの出会いから今までを思い出し、出会った時に感じた前世の妻シルヴィアと魂が似ていると感じた事を昨日の事のように思い出していた。
「アレは、似ていたんじゃなくて、同じ、魂だったという事、だったのか」
前世で死に別れた妻の生まれ変わりがフィリスだった。
それを仕組んだのは恐らく自分を転生させてくれた神様だ。
フィリスに前世の記憶は無いが、それでもルーキスはその事実が嬉しかった。嬉しいはずだったのに、何故か両目から涙を流した。
「お父様は酷な事をしたな。前世で愛した者同士を再び引き合わせはしたが、片割れには記憶があり、もう片割れには記憶がない。そんなこと、妾は想像したくもないわ。すまんな、今は落ち着くために、眠れ。動揺させたことの詫びと、再会できた奇跡に、一時妾たちが夜警をしてやる」
クラティアの魔力を乗せた言霊に、心底動揺していたルーキスは柄にもなく催眠に掛かり、激しい眠気に襲われた。
ガクつく足に力を入れて、振り返ったルーキスの目にはその言霊で眠りに落ちたフィリスとイロハの姿が見えた。
そんなルーキスの耳元で再び「眠れ」とクラティアの低くて優しい声が響く。
クラティアのその言霊に、遂にルーキスも陥落。
意識を手放して眠りに落ちた。
「妾の眠りの言霊に一度耐えおったか」
「君のお父様。神様は随分とルーキスを気に入ってるみたいだね」
「ふむ。世が世なら勇者だの英雄だのに選ばれたのだろうな」
「で、三人をどうするつもりだ? まさかここに寝かせておくつもりか?」
「ふふん。それではつまらんじゃろ。今から街に降りて借りている屋敷に連れて行く。くっくっく。起きた時の驚いた顔が楽しみじゃ」
「昔からだけどさ。君は本当に身体は大人っぽくてセクシーなのに、頭の中は子供っぽいよな」
「そんな妾が好きなんじゃろ?」
「いや、うん。まあ」
「妾もそんなお主が愛しいよ。さあルーキスを担ぐのじゃ、もしかしたら早々に目覚めるやもしれん、さっさと街に戻るぞ」
「分かった、わかりましたよ」
こうしてクラティアはフィリスとイロハを小脇に抱え、ミナスはルーキスを肩に担ぎ、ついでに荷物を抱える。
そして、オモチャを買ってもらったばかりの子供のように、嬉しそうに微笑むクラティアの横を歩いて宵闇にその姿を染み込ませていくのだった。




