第92話 VS レッサーヴァンパイア
ルーキスたちがクラティアとミナスが狙う末端の眷属と対面した直後のこと。
鉱山の坑道内を彷徨っていたクラティアたちにもゾンビたちの魔の手が迫っていた。
とはいえ吸血鬼の女王とその番がゾンビたちに遅れを取るはずもなく。
襲い掛かってきたゾンビの頭部をデコピンで吹き飛ばしたクラティアは眠そうに欠伸をしていた。
「はあ〜。そろそろ飽きたの〜」
「だなあ。でも、よく出来た魔法とは思わないかい? 転移と置換を組み合わせてるのか」
「だがまだまだじゃな。所詮は道をランダムに組み合わせて混ぜているだけ。やるなら別の山や別の国に繋げんとな」
「また無茶言ってるな」
「無茶なもんか。疲れるからやらんが妾なら可能じゃぞ?」
無人の野を行くかの如く、襲い掛かってくるゾンビを殺し尽くした頃。
ふと、クラティアとミナスは激しく移動していたルーキスたちの魔力が止まったことに気が付いた。
どうやら二人の狙い通り、この鉱山で起こっていた事件は末端の眷族であったらしい。
生まれ変わって生前より強大になった弟子の魔力よりは微弱な魔力の眷族に、クラティアは肩をすくめて不服そうに眉間に皺を寄せる。
「ふん。人間に魔力総量で劣るとは。上位種の風上にもおけんな」
「いやいや。ベルグが、ああいや今はルーキスだったか。あの子がおかしいんだと思うよ?」
「しかし、それでもルーキスは勝てまい。負けはしないだろうがな。それほどに吸血鬼の不死性は厄介じゃからの」
「じゃあどうする? 道を進んで行き着くまで迷うかい?」
「ふん。妾が妾の行きたい場所まで他人の用意した道を進むと?」
「はは。まさか」
「流石は妾の夫じゃ。よく分かっておるわ」
二人は通路を進むのをやめると、感じる弟子の魔力の方向に向き直った。
その方向に道は無く、ただ壁が佇んでいる。
「知ってかしらずか、ルーキスは魔力を垂れ流しておるし、真っ直ぐ行ってこの転移結界を破ってやろう」
「道はないぜ?」
「道と言うのは、妾の後ろに出来るものじゃよ」
言いながら、クラティアは壁に向かって拳を振り上げた。
「坑道の強化は頼むぞ、我が愛しの旦那さまよ」
「人使いが、いや、吸血鬼使いが荒いなあ君は。まあ、任せてよ」
妻の言葉に苦笑いを浮かべ、ミナスは指をパチンと鳴らし、崩落を防ぐためにルーキスたちがいる場所までの一直線以外の鉱山全体に強化魔法を発動。
それを見届けたクラティアは壁に向かって拳を打ち込んだ。
聞こえて来た爆発音。
それを合図にするように、ルーキスはフィリスとイロハに「挟み込む! 走れ!」と声を上げた。
戦時において、フィリスとイロハはルーキスの事を信じ切っている。
勝てる確信があって叫んだのだと理解して、フィリスとイロハは同時に走り出した。
左右から吸血鬼を挟み込むためだった。
その後方で、ルーキスはハルバードの切先を吸血鬼に向けて腰溜めに構え、深く腰を落としていく。
目の前の人間三人の様子に、痩せ細った吸血鬼の男は人間たちの考えを予想していた。
(様子見に女を当てたか。ふん、口ほどにも無い臆病者め。この二匹を縊り殺したら、惨めに泣き叫ぶまで嬲ってから殺してやるぞ)
迫るフィリスの剣と、同時に打ち込まれるイロハの拳。
吸血鬼からしてみれば遅く感じる攻撃を、避ける、逃げるのではなく、受け止めようと両手を両脇から迫る二人にかざした瞬間だった。
「やっぱり受けにいったなあ!」
「な、なにぃい⁉︎」
先程まで女の後ろにいたはずの人間の子供が瞬きをしたうちに自分の眼前に迫っていた。
ただの人間風情に出来る芸当ではない。
そんな加速は人間には出来ない、あり得ない。
しかし、そんな吸血鬼の思考とは裏腹に、ルーキスは魔力による強化を足のみに集中。
まさに爆発的と言って過言にはならない加速でもって吸血鬼の油断をつき、虚をつき、そしてハルバードにて吸血鬼の胸を突き穿った。
「女を、囮にするとはなあ」
「違うね。こういうのを協力って言うんだよ」
吸血鬼の胸にハルバードを刺したまま、ルーキスは更に踏み込んだ。
その力は弱った吸血鬼では抑え込めず、ルーキスに押し出された吸血鬼は玉座を破壊され、そのまま壁に縫い付けられてしまう。
しかしながら、そんな状態でも吸血鬼は笑っていた。
「ふははは! 知らんらしいなあ。我ら吸血鬼はこの程度では死なんという事を!」
痩せ細った吸血鬼は眼前のルーキスを貫こうと手刀を構える。
それをフィリスとイロハが黙って見ているだけのはずもない。
駆けていたフィリスは吸血鬼の片手を剣で刺し、イロハはその身体強化魔法を使用した怪力でもって吸血鬼のもう一方の手を拳で打ち込んだ。
「ルーキス⁉︎ この後は⁉︎」
「いつまでもは、抑えきれないです!」
「大丈夫だ。怖〜い母さんがクソ餓鬼の躾に来たからよ」
「え?」
ルーキスの言葉に疑問符を頭の上に浮かべそうになるフィリスとイロハ。
しかし、見てみれば壁に縫い付けている吸血鬼の顔色が確かに悪い。
もとより青白いが、そんなものではない。
まさに真っ白でその顔には冷や汗が浮かんでいるのが見てとれた。
その瞬間だった。
「人間だてらにやるではないか。褒めてつかわすぞお主たち」
と、吸血鬼の縫い付けられている壁からクラティアの声が聞こえて来たかと思うと、突然手が壁を破壊して吸血鬼の首根っこを掴んだ。
それを見て、ルーキスは二人に下がるように伝えると自分もハルバードを吸血鬼から抜いて壁から離れていった。
その直後壁が崩れ、土埃で汚れたクラティアとミナスが姿を現す。
最短距離、転移結界の効力が及ばない壁の中を一直線に進んで来たのだ。
「ば、馬鹿なあ。ありえん」
「ありえんのはお前だ。弱っているとはいえ人間の子供三人に負けるとはなあ」
「わ、たしはあ! 負けてなどいなあい!」
首が折れるのもお構いなしで、クラティアに手刀を振る吸血鬼。
しかしその吸血鬼の腕がクラティアに届く事はなかった。
腕が、いや四肢が細切れになったかと思うと炸裂して肉片と化したのだ。
その様子を見せまいと、ルーキスはそっとフィリスとイロハの目元を後ろから抱くように覆って隠し、師匠の見えない斬撃に苦笑いを浮かべていた。
「ちょっとルーキス! 見えないってば!」
「お兄ちゃん? 何かあったのですか?」
「見なくていいよ。ここから先は地獄だから」
「お。それは良いなあルーキス。リクエストにお答えしてお主は冥界行きじゃ。存分に地獄で苦しみ悶えておるがよい。この世界が滅んでも、な」
そう言って、四肢が欠損した吸血鬼を片手で持ち上げていたクラティアは指を鳴らして魔法を発動した。
それは以前、イロハを奴隷のように扱っていた男の魂だけを殺したルーキスの魔法【冥界の門】そのオリジナルをクラティアは発動したのだ。
現れた門から溢れ出るほどの無数の被害者の魂に向かって、魂だけでなく、ゴミでも投げ入れるように「た、助けて! それだけは、それだけは嫌だあ!」と泣き叫ぶ吸血鬼を放り込んだクラティアは満面の笑みでもう一度指を鳴らす。
音を立てて閉じる巨大な門。
その後に残ったのは静寂だけだった。




