第87話 改造費を稼ごう
ルーキスやフィリスにとっての始まりの街プエルタ。
そのプエルタで初めて武具を購入する際に世話になったリスタ武具店の店主、リリア・リスタの姉。
鍛治師の街ハイスヴァルムで鍛冶屋を営むエルフの少女ミリーナ・リスタから、ルーキスたちは修理費と打ち直し費用が書かれた見積書を手に街を歩いていた。
「えっと。紅石貨が一枚、二枚、三枚。紫石貨が十五枚。全然足りませんね」
「宿代や食費も考えると、今日から早速依頼を受けないとな」
ルーキスから預かった石貨の入っている袋を開き、イロハが歩きながら中身の石貨の枚数を数えているのを横目に、ルーキスは楽しげに微笑んでいたが、フィリスの表情はやや暗い。
それというのも、やはり、自分のせいで予定していなかった仕事をしなければならなくなった、ということがフィリスの表情の起因になっていた。
「ごめんね二人とも。私の我儘のせいで」
「我儘? いやいや。命を預ける武具なんだから、持ちたい物を持たないと」
後ろから聞こえてきた言葉にルーキスは苦笑しながら、後ろをトボトボ歩いているフィリスに振り返った。
そんなルーキスに「なんでなんですか?」と聞き返してきたのはイロハだった。
「例えばイロハが敵と戦っていたとして、俺たちはおらず、追い詰められてしまったと仮定しよう。頼れるのはこれまでの戦いの経験、知識だ。しかし、手に装着している物はいつものガントレットではなく、そうだなあ、破れたキッチンミトンだとしよう。どうだい?」
「どうしよう。ってなります」
「そうそう。頑張ろうって考える前に余計な思考が邪魔をしてくるよな? でもいつも頑張ってくれている相棒なら?」
「わたしも、頑張ります」
「そういう事だよ。要はモチベーション維持に武具の見た目は重要だ、という事だ」
そんな話をしながら、ルーキスたちは住人に所在地を聞きながらハイスヴァルムの冒険者ギルドへと向かった。
赤煉瓦で建てられたハイスヴァルムの冒険者ギルドは多くの冒険者が訪れる街だけあって大盛況。
ルーキスたちが足を踏み入れたギルドは人でごった返している。
「おお! ハイスヴァルムのギルドはデカいな!」
「う、噂に聞く高級宿みたいね」
冒険者ギルドの内装はレイアウトこそ他のギルドと同じだが、床材、壁材、インテリアに至るまで綺麗に磨かれており、煌びやかに輝いている。
「この街のギルドは儲かってるんだなあ」
「平原に魔物はいなかったのにね」
「雑用で維持出来るほど、ギルドが儲かるわけないんだが」
ルーキスとフィリスはそんな話をしながら、イロハを連れて依頼掲示板の前に立つ。
そこに貼り付けられていた討伐依頼。
そのほぼ全ては霊峰セメンテリオ山中の魔物の討伐や、その付近の鉱山、坑道に現れる魔物の討伐依頼だった。
「ヒュージアント、ロックタートル、水晶土竜。選り取り見取りだな」
「霊峰って神聖な場所なんじゃないの? なんでこんなにも魔物達が?」
「さてねえ。俺も詳しくは知らないが、霊峰セメンテリオって言えば濃い魔力が集まる事で有名だろ? それが固まって良質な魔石やら鉱石が産出されるわけだから。まあ魔物にしろ人にしろ、資源を求めて山に登るんじゃないか?」
「だから麓に魔物がいない?」
「山にいれば鉱夫や冒険者が自分から山に登ってくるしな。平野で狩をするよりは山に行く。俺ならそうするね」
「そっか。撒き餌が撒かれてるんだもんね。私も釣りならそこでするかも」
掲示板を眺めながら、ルーキスとフィリスが話をして依頼書を吟味していく。
三人で出来そうな依頼で割りの良い物を探すが、そういう依頼は既に朝から受注されている。
そんな中から見つけた一枚の依頼書。
坑道で起こっている失踪事件。
その失踪者を探す、もしくは痕跡を見つけるための依頼【失踪者捜索依頼】の依頼書に、ルーキスは手を伸ばした。
(狭い坑道内なら最悪何かあっても、俺が囮になって二人を逃せばいいしな)
と、思いながら依頼書の端を掴んだ瞬間、同時にその依頼書が掴まれた。
間が悪いなと、思いながら相手の方にルーキスは視線を向ける。
その視界に映ったのは赤黒いフィッシュテールドレスの上から胸当て、腰当て、手甲、膝まである脚甲を装着した同年代くらいに見える金髪の少女だった。
その少女がルーキスの顔を見て「おや。よく会うの〜少年」と声を掛けてきた。
そんな少女にフィリスが「あら、どちら様?」とやや不満げにルーキスと少女の間に割り込みながら言い放つ。
割り込んだフィリスの後ろで、ルーキスはというと少女の正体を知っていたので、顔を青くして盛大に引きつらせていた。
「ど、どこかで会ったことありましたっけ?」
「つれんなあ。朝、アイスクリーム屋の前で話したろうに」
ドレスと鎧に身を包んだ少女は体の年齢を幼い少女の状態から操作し、十代半頃まで成長させた姿のクラティアだった。
そのクラティアの後ろには、クラティアの夫で、ルーキスの前世のもう一人の師匠であるミナスの姿もあった。
ミナスも十代半ばほどの成長した姿で、白いシャツの上に黒いコートを羽織り、黒いズボン。
その上から胸当てと手甲、脛までの脚甲を装備している。
「やあ。君たちも依頼を受けに? ちょうど良かった。もし良かったら一緒に依頼を受けないかい? 捜索系の依頼は人手があればあるだけ早く終わるからね」
不遜な態度のクラティアと違い、優しげな笑顔で話しかけてくるミナス。
そんなミナスにルーキスは「ああいや、迷惑を掛けるかも知れないんで」と愛想笑いを浮かべ二人から離れようとフィリスの手を引いた。
「なんじゃ? たかだか捜索依頼に自信が無いのか? ヘタレめ」
安い挑発だった。
クラティアの挑発にノッて依頼を共にすれば正体がバレかねない。いや、既に怪しまれていて確信を得るための言動だとすら、ルーキスには思え、答えを渋っていると「誰がヘタレよ!」「お兄ちゃんはヘタレじゃありません!」とフィリスとイロハが声を上げた。
「クハハ。ならば一緒に来い。一時間待つ、準備をしたら山門に集合じゃ。遅れたら、承知せんぞ?」
クラティアの顔は笑っていたが、その殺気はフィリスとイロハを震え上がらせた。
その感じた事がある殺気に、面倒な事になったなあと、ルーキスも冷や汗を浮かべたのだった。




