第83話 宿場町からの再出発
地表に露出したダンジョンコアを破壊した際の光の噴水は、宿場町で足を止めていた商人や冒険者たちからも見えていたらしい。
森の異変の解決を伝えようと宿場町に戻ってきたルーキスたちの明るい顔に、アーチ門の手前に集まっていた人々はルーキスたちに事情を聞こうと集まってきた。
そんな人々にルーキスは一連の経緯を「もう大丈夫だと思いますよ」と話してその日は宿に戻った。
森の奥への往復と巨大ムカデの討伐で時間を取られたので、山麓の街ハイスヴァルムに向かうよりは、近い宿場町で一泊することにしたのだ。
「ハルバードってそんな壊れ方する?」
「強化魔法の割合をしくじった。ムカデを倒したいって気持ちが先走ったんだ。まだまだ修行不足だな。戦時は冷静じゃないといかんのに」
「なに言ってんのよ。私たちまだまだ若いんだから。これからでしょ?」
「ああ〜。まあ、そうだなあ」
前世も含めると百歳は越えているルーキスはフィリスの言葉に苦笑いを浮かべて、宿の一室の壁際に曲がったハルバードを置くとベッドに腰掛けた。
「さあ。明日はハイスヴァルム目指して再出発だ。今日は早く寝よう。朝起きたら出発だ」
こうしてルーキスたちは宿場町で一泊すると、翌朝、曇り空にしかめっ面を向けると宿場町を出発した。
「雨降りそうだな」
「ハイスヴァルムまでもつかしら」
「わからん。まあ降ってきても雨避けの魔法を使うまでだけどな」
微かに香る雨の匂い。肌に絡みつく湿気。
今にも泣き出しそうな空模様の下を歩き、ルーキスたちは先日ドライアドを助けた森に差し掛かった。
すると、木の影から先日ルーキスたちを導いたドライアドが姿を現す。
「おお。昨日の、どうした? 見送りか?」
「お礼。あり、がとう」
たどたどしい共通語でルーキスの言葉に答えると、ドライアドは頭を下げ、ルーキスたちに近寄る。
そして、ドライアドは何かを握っているのか、手をルーキスの方に伸ばした。
「礼か。ありがとう。頂くよ」
ドライアドが握っていたのは魔石を加工して作られた植物をモチーフにしたイヤーカフ三つだった。
「耳に付ける。森の加護があなた達、守る」
「へえ。イヤーカフか。ピアスじゃないぶん付けやすいし外しやすいな。良いのかいこんな貴重そうな物」
「良い。あなた達。助けてくれた」
「そうか。では早速」
言いながら、ルーキスはドライアドから受け取ったイヤーカフをフィリスとイロハにも渡すと、耳に装着してみる事にした。
小さな飾りだ。邪魔にはならない。
「どうだ? 似合うか?」
そう言って、ルーキスはドライアドに微笑むと、ドライアドも微笑みをルーキスに向けた。
「ルーキス、どう? これで大丈夫?」
後ろからフィリスに言われて振り返ると、フィリスも装着が終わっていた。
問題なく装着しているフィリスにルーキスは「お。似合ってるじゃないか」とフィリスの耳元に手を伸ばす。
その行動にフィリスが顔を赤くした。
「ちょ、ちょっとルーキス」
「あ、ああすまん。つい」
「お兄ちゃんお姉ちゃん、これで良いんでしょうか」
自分の行動が軽率だったと思い、手を下ろした矢先、イロハが耳を触りながらルーキスとフィリスに近付いた。
そんなイロハの様子に、フィリスが屈んで上手くイヤーカフを装着できないイロハを手伝う。
側から見れば仲の良い親子か姉妹か、そんな仲睦まじい様子の三人の姿に微笑みを浮かべながら、ドライアドは自分の家族である木々や草花が待つ森の奥へと消えていった。
「思わぬ報酬が貰えたな。ドライアドの加護付きの装飾品とはね」
「なんだか、催促したみたいで、ちょっと悪い気がするんだけど」
「それは考え過ぎだ。森の精霊からの感謝の気持ちなんだから、素直に喜んでおこうぜ」
「お兄ちゃんお姉ちゃん、カッコ良いです」
「はっはっは。イロハも可愛らしいぞ〜」
孫にそうしてきたように、ルーキスはイロハを撫でるともう誰もいない森に目を向け「じゃあな」と言うと再び街道を歩き出した。
そんなルーキスを見てフィリスもイロハもそれぞれ「またね」「ばいばい」と言うとルーキスに続いて歩き始める。
普段は少なからず魔物が出現するらしいのだが、偶然ではないのだろう。
ルーキスたちが森を抜けるまでは魔物の出現などは一切なく、気配すら感じる事はなかった。
「これで晴れてりゃ気分も爽快だったんだがなあ」
「天気は仕方ないわよ。早く行きましょ。いよいよ降ってきそうよ?」
「走りますか?」
「のんびり行こうぜ。お爺ちゃん疲れちまうよ」
「誰がお爺ちゃんよ。ルーキスの歳でお爺ちゃんなら私もお婆ちゃんじゃない。やめてよね、まだ結婚もしてないのに」
「そうだなあ。すまんすまん」
などと話をしながら歩いていると、ポツポツと雨が降り始めた。
そんな空模様にため息を吐き、ルーキスは人差し指だけ立てて頭上に円を描いて雨避けの魔法を発動させる。
三人寄り添い、のんびり歩く上り坂。
そんな三人の横を急げ急げと行商人の馬車と護衛の冒険者たちが駆けて行った。
「道が泥濘んだら車輪がハマっちまうかもしれんもんなあ」
「大変ですねえ」
しばらく歩き続けているが、雨が止む気配はない。
ルーキスたちはそれでも足を止めなかった。
森を抜けたあとは山麓の街、ハイスヴァルムまでは他に町も村もない上に、雨宿り出来そうな木も生えていないのだ。
しばらくは平野。草原地帯が続き、次第にその草原も無くなって、辺りの様子は荒涼としていく一方だ。
植物を餌とする小動物がいないので、それを狙う肉食動物もいない。
さらにはその肉食動物を餌にする魔物もいないので、道のりは平和そのものではある。
それ故に、ルーキスたちは足を止めずにハイスヴァルムを一直線に目指した。
まあ、とはいえハイスヴァルムまでの道はくねくねと曲がっていて、真っ直ぐ進んだわけでもないのだが。
「腹減ったな」
「乾パンあるわよ?」
「いやあ。肉食いてえなあ。熱々のやつ」
「干し肉焼こうか?」
「炭にしないでくれよ?」
「しないわよ。多分ね」
そんな話をしながらフィリスがルーキスのバックパックを弄って干し肉を取り出すと、手をかざして火魔法を発動した。
ハイスヴァルムを目指す街道に肉の焼ける良い匂いが漂う。
そんな三人の横を、雨に濡れながら他の冒険者や商人たちは、羨ましそうに横目で見ながら追い越して行くのだった。




