第82話 VS 巨大ムカデ
その巨大ムカデ、ヒュージセンティピードは大木どころか一軒家すら巻き潰す事が容易に出来そうなほどの巨体だった。
現に一軒家ほどある巨大な魔石に巻き付き、その伸びた余剰分の体で巨大ムカデはルーキスと戦っている。
「イロハちゃん、私たちで今のうちにコアを!」
「はい!」
魔石に巻き付く巨大ムカデの体と体の隙間から見える魔石の中に浮かぶコアに狙いを定め、フィリスとイロハは身体強化魔法を発動したのち、魔石に向かって駆け出した。
フィリスは蛮刀を振りかぶり、イロハは拳に力を込めて魔石を攻撃。
しかし、高密度の魔力で固まった魔石には傷は付いても割れる気配などはない。
「硬いわね、思った以上に」
「でもコレを割らないと、コアに届きません」
「じゃあ割れるまで、叩き続けましょうか!」
本来ならダンジョンを形成するための魔力を、巨大ムカデを産み出す事だけに使ったダンジョンコアだ。
ダンジョンが完成すれば剥き出しになるはずのコアも、今は硬い卵の殻の中。
並の冒険者なら傷すら付けられなかっただろう。
そんな殻に傷を付けたフィリスとイロハを脅威と認定したか。
巨大ムカデの注意が戦っているルーキスではなく、魔石を傷つけようとしたフィリスとイロハに向く。
こちらを殺せるつもりか、一人で向かってくる少年よりも、巨大ムカデは主であるコアを守るためにフィリスとイロハを攻撃するためにその巨体を翻して体当たりを仕掛けた。
それをルーキスが見過ごすはずもない。
注意を逸らした巨大ムカデに向かって、飛び上がり、渾身の一撃を喰らわせるためにハルバードを振り下ろした。
その一撃は確かに巨大ムカデに深傷を負わせるに足りた。
硬いとはいえ、比較的防御の薄い体と体の節を、ルーキスは斬り裂いたのだ。
しかし、傷んだ武器にルーキスの力は過剰だった。
硬い甲殻こうかくを切り裂くような力にハルバードが耐えきれず、刃が激しく損傷。
鉄製の柄もグニャリと折れ曲がってしまった。
「あ。やっちまった」
ひん曲がったハルバードを見て冷や汗を浮かべ、ルーキスは着地するとハルバードをそっと地面に置いて、傷を負った巨大ムカデに手をかざす。
「無理させてすまんな。ちゃんと修理してもらうからな」
壊してしまった相棒に言いながら、ルーキスは魔法を発動。
丸太ほどの氷の槍を複数本、巨大ムカデに向かって投下した。
貫通こそしなかったが、その氷の槍はムカデに突き刺さり、内部から急激にその巨体を凍らせていく。
それにムカデはお怒りだ。
魔石に攻撃を繰り返しているフィリスとイロハなどお構いなしに、巨大ムカデはルーキスに向かって突撃。
次いで、大木ほどの岩の槍を地面から伸ばしてルーキスを狙った。
「イロハちゃん! 合わせて!」
「はいです!」
ルーキスに迫る巨大ムカデの大顎。
その一撃を阻止したのはフィリスとイロハ、魔法を纏わせた武器による渾身の一撃だった。
ピシッと音を立ててひび割れる魔石。
そこまで来れば、あとは早かった。
十年の人生で初であろう、イロハが身体強化魔法を最大出力で発動したのち、現在出しうる最大の力でもって魔石を殴りつけた。
その威力たるや殴りつけた魔石を伝って地面が揺れるほどだ。
この一撃で魔石が完全に割れた。
マズイと感じたか、巨大ムカデがルーキスを諦めてイロハとフィリスの方を振り返る。
しかし、巨大ムカデの意識はそこで途切れた。
露出したダンジョンコアを、フィリスが蛮刀に炎を纏わせて切り掛かり、横一閃で両断して見せたのだ。
炸裂し、光の粒子と散るダンジョンコア。
それと連動するように、巨大ムカデも端から光る塵になって消えていった。
「ふう〜。お疲れえ」
「な、なんとかなったわね」
「戦闘経験がない産まれたてのダンジョンだったからなあ。なんとか出来て良かった」
言いながら、ルーキスは愛用のハルバードを拾い上げると、ため息を吐いて肩をすくめた。
そんな時だ。
魔石のあった空き地の中央付近から水が噴き出すようにキラキラ光る粒子状の魔力が噴き出した。
その光る魔力が空を舞い、荒れた空き地に降り注ぐ。
「綺麗。これって?」
「地脈に溜まった魔力だな。地脈だけじゃないか。この辺りの森からも随分と魔力を吸い上げていたんだろう」
「もしかして、それを止めて欲しくてドライアドは私たちに助けを求めたの?」
「それは、あの子の嬉しそうな顔を見れば明らかだな」
そう言って、ルーキスは空き地と森の境目でこちらを見て微笑んでいるドライアドの少女の方に目を向けた。
それに気付いてか、ドライアドの少女は深々とルーキスたちに向かって頭を下げた。
「アレって意味わかってやってるのかしら」
「ドライアドは植物に宿る精霊だ。どこにでもいるわけではないが、色んな場所にいて俺たち、人のことを見ているからな。なんとなくだが、意味は分かってるんじゃないか?」
言いながら、こちらに頭を下げているドライアド目指して歩き始めた。
そのあとを、フィリスとイロハはついて行く。
「あ。そういえば討伐報酬は?」
「その報酬を作り出しているコアを壊したんだ。あるわけないだろ?」
「じゃあ今回の報酬はさっきの綺麗な光の噴水だけってことね。まあいっかそれで。今回私とイロハちゃんは大して活躍してないしね」
「活躍してないわけではないだろうに」
こうしてルーキスたちは森で怪現象を起こしていたドライアドの願いを聞き、産まれたてのダンジョンを討伐することに成功した。
しかし、このダンジョンの産まれ方はルーキスの知るものと少し違っていた。
本来なら、ダンジョンは地下に生まれるものだ。
塔型や城型、遺跡型のダンジョンであっても最初は地中で生まれ、長い年月を掛けて地上に姿を現す。
最初からダンジョンコアが地表に剥き出しになっている事はなくはないが、稀も稀なのだ。
「この一件。果たして偶然か」
「ルーキス? 何か言った?」
「いや。まあ気掛かりはあるんだが、偶然かも知れないしな」
「何よ。気になるじゃない」
フィリスの言葉に、ルーキスは今回の件について私見を述べた「コアの地表への露出は珍しい」と言う話をフィリスに話したのだ。
その話をしながら、ルーキスたちは街道までの道のりをドライアドについて歩いて行く。
そんな三人を、薄暗い森の木の枝に吊り下がっている小さな蝙蝠が一匹が見つめていた。
「よくも、邪魔をしてくれたなあ冒険者どもめぇ」
怨嗟に満ちた声だった。
蝙蝠から送られてきた映像を見て、今は姿を隠して傷を癒している金髪紅眼の痩せ細った吸血鬼の男が呻く。
ルーキスたちに悪意と殺意の矛先が向けられた瞬間だった。




