第81話 森の奥にあった物
「ちょっとルーキス。私たち誘い込まれてない?」
「だとしたら殺気がなさ過ぎる。アレから感じるのは無力感や、助けてほしいっていう哀願や懇願に近い感情だ。ついて行った先、出てくるのはオーガかヒュージヴァイパーか。どちらにせよ気は抜けないな」
ルーキスの言葉に、フィリスとイロハが固唾を飲んだ。
ドライアドが無人の野を行くかのように歩いていく森を、木々の間を抜け、藪を掻き分け、ルーキスたちは歩きにくそうに進んでいく。
すると、不意に拓けた場所にたどり着いた。
それまで鬱蒼として森の木々、藪は枯れて枝しかなく更に進むと木の本数が減り、遂には倒木だらけの空き地に行き当たる。
上空から見れば円形に広がっているであろう灰色の地面が火事で焼けたようにも見えた。
その空き地と森の境目でドライアドは足を止め、ルーキスたちに振り返ると「助けて」と慣れないのであろう、この世界の共通語でたどたどしく言うと、空き地のほうに向き直り、空き地の中心辺りを指差した。
しかしそこには何も無い。
少なくともフィリスとイロハにはそう見え、二人揃って首を傾げたが、ルーキスには何か見えているのか、苦虫でも噛んだように顔を歪めている。
「助けて、か。なるほどな」
「何? 何もなくない?」
「武器を構えろ二人とも。戦う準備だ、どうやら随分と面倒な事を頼まれたようだぞ?」
バックパックを下ろし、地面にハルバードを突き刺したルーキスがそんな事を言ったので、それまでちょっとした探索気分だったフィリスとイロハに緊張が走った。
「なにかあるんですか?」
「ダンジョン。いや、まだダンジョンとして成り立ってはいないか。生まれたてのダンジョン、ダンジョンの卵みたいな物が、俺たちの前にある」
「どこ? 何もないわよ?」
「人払いの結界や認識阻害、視界変換、多重に隠蔽の魔法が掛かってるからな」
「なんでルーキスには見えるの?」
「さあね。生まれつき目が良いんじゃないか?」
もしかしたら、そんな目を持って生まれたのも神様からの賜り物なのかもな。
そんな事を思いながら、ルーキスは地面に刺したハルバードから手を放し、両手を空き地の中央にかざす。
「俺たちは今から貴重な体験をする。生まれたてのダンジョンを殺すって体験をな」
「ルーキスの魔法ならすぐ終わりそうだけど」
「そうでもないさ。ダンジョンが生まれた時。ダンジョンは多重の結界魔法の発動と同時に、まず何を生み出すと思う?」
「壁、とか?」
「ハズレ。正解は自分を守るための騎士。ダンジョンの命である核を守るための、いわくダンジョンの主を生み出す」
「け、結界の向こうにダンジョンボスがいるって事⁉︎」
「生まれたばかりとはいえダンジョンボス、最悪なのは情報が全くない事。だから、第一目標はダンジョンコア、核の破壊に努める」
「ボスは倒さないって事ですね」
「そう言うことだ。結界を解除したら主は俺が引き受けるから、二人は真っ先にコアを破壊に向かってくれ」
指示を出しながら、ルーキスは怯えた様子で木の後ろに隠れたドライアドを目で追う。
(幻覚はアレを見破る事ができる人間を探すための振るいだったのか? なら悪手だったな。アレじゃ人間は逃げちまうよ。まあ人間と暮らしてない精霊の思考は人間とは違うから仕方ないといえば仕方ないか)
「ルーキス? どうしたの?」
「いや。あのドライアドは森を助けたくて必死だったんだなって思ってな」
「どういう事?」
「あとで話すよ」
「そう? 分かった、なら怪我しないでね」
「ん? はっはっは! そうだな。それじゃあ突発だがダンジョンボス討伐といこうか!」
フィリスの言葉に笑うと、ルーキスは翳した手の前方に集中させていた莫大な魔力を魔法陣に変換、多重結界魔法に対して多重の解除魔法を発動した。
魔法陣から放たれた光が、空き地の中央を半球状に包み込む。
すると、その光の半球が、ガラスが割れるよう激しい音を立てて内部から破壊された。
吹き出す黒い魔力の煙。
それは、生まれたばかりのダンジョンコアがダンジョンを形成するために溜め込んでいた魔力の一部。
そして、その煙と共に卵を破るように出現したのは、イロハたち鬼人族の発祥の地に伝わる伝説の龍。
それを思わせるほど巨大な百足型の魔物だった。
「おーいおいおい! マジか! センティピード型かよお⁉︎ オエッ。キイッショ」
どんな魔物が現れても基本的には冷静に分析し、対応してきたルーキスが珍しく取り乱した。
そんなルーキスの様子を見て、フィリスとイロハがそう言えばと、以前ルーキスと話した好き嫌いの話を思い出す。
「ルーキスってそう言えば」
「ムカデが嫌いって、言ってましたね」
「っかあ〜! 最悪だ! 最悪だから速攻で行くぞ! 作戦は最初の通り、嫌だが、嫌だけど! アイツは俺が引きつけるから、ダンジョンコアを直ぐにぶっ壊してくれ、直ぐな! 直ぐにだぞ⁉︎」
「お兄ちゃんが動揺してるの初めて見ました」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
ルーキスは二人の言葉を聞きながらハルバードを抜くと、嫌いな虫であるムカデそっくりな巨大な魔物をキッと睨んで駆け出した。
悪寒と嫌悪感を敵意と殺意に換えて、ルーキスはダンジョンボスになるはずだったヒュージセンティピードに向かって走っていく。
そのルーキスの背中を見送り、フィリスとイロハは二人で回り込むように駆け出した。
「くたばれムカデ野郎!」
「お兄ちゃん、本当にムカデ嫌いなんですね」
「取り乱してるルーキス、ちょっと可愛いわね」
倒さなくて良いと言っておきながら、巨大なムカデに飛び掛かって襲いかかるルーキスの声に冷や汗を浮かべるイロハと、珍しい物を見る目で戦っているルーキスを眺めるフィリス。
二人はルーキスから徐々に離れて空き地の中央に向かっていく。
そんな二人の前に現れたのは、ルーキスが戦闘中の巨大ムカデが絡みついた巨大な魔石と、その魔石の中に浮かぶ丸い球状の宝石のような結晶だった。




