第7話 冒険者ギルドへ行こう
「ここ、プエルタの街はね。レヴァンタール王国領の中では三番目に大きな街なんだよ?」
(プエルタか。聞いた事ない街だなあ。レヴァンタール王国は知ってるから、やっぱり別世界ってわけではないんだよなあ。しかしまあ、二百年は経ってる筈だが、生活水準は俺が生きていた時代と大して変わってないのか)
フィリスの後ろを着いて歩きながら、ルーキスはプエルタの街並みをキョロキョロ眺め、記憶の奥で眠る、生前訪れたことがある街の様子を照らし合わせていた。
思い出による補正もあるのだろうが、過去世で暮らしていた街と同じく、プエルタの街並みは綺麗な物だった。
平らに並べられた薄灰色の石が敷かれた道路。
その傍にはほんの少しの段差もあり、歩道が整備されている。
並ぶ家屋も石や木を組み合わせて建築されており、道路に面している建物は綺麗な状態が保たれている。
どうやら状態を維持する魔法が使用されているようだ。
玄関の側や窓の近くに魔法陣が刻まれているのがルーキスの目に映った。
(やはり、魔物が蔓延るこの世界では、文明の急激な進歩は望めないって事か。師匠の言ってたことは本当だったんだなあ)
過去世でも似たような街に一時滞在していたルーキスは、晩年読み漁った異世界からの転生者の記した著書の内容や武芸の師匠の言っていた話を思い出しながら、どこか寂しそうに苦笑した。
そんなルーキスに前を歩いていたフィリスが振り向き訝しげに顔をしかめる。
「ねえちょっと聞いてる?」
「聞いてる。さっき通った喫茶店のパンケーキが逸品なんだろ?」
「もう。聞いてるなら相槌くらい打ってよ。いなくなったのかと思っちゃったわ」
「ははは。ごめんごめん」
フィリスの案内で、プエルタの街で恐らく一番の大通りの脇の歩道を歩いていく。
大通りには馬車や、四足歩行で赤茶色の体色を持つ牛よりも体躯の巨大な草食竜【カートゥラ】が引く竜車が荷台に荷物や人を乗せて行ったり来たりしており、歩道の側では馬やカートゥラなどを含む運搬を担っている魔物が出す排泄物を回収して農家などに売り払う業者が、椅子に座って談笑していた。
そんな光景を横目に歩道を歩く二人の側を、若い冒険者風の装備に身を包んだ少年少女達が歩道に落ちているゴミを拾って手に持つ麻の袋に入れながら通り過ぎていった。
もちろんボランティアなどの奉仕活動などではない。これも駆け出し冒険者にあてがわれるクエストの一部だ。
「さあ到着したわよ。ここが冒険者ギルド、プエルタ支部よ」
街のゴミ拾いに勤しむ若い冒険者達を微笑ましく眺めていると、フィリスが立ち止まって一軒の建物を指した。
両開きの木の扉の上に、交差した鳥の羽と真ん中に剣と盾、魔法の杖が重なった紋章が刻まれた看板が掛けられた均一な石のブロックで建造された四角い建物。
それがプエルタにある冒険者ギルドの姿だった。
「へえ。冒険者ギルドは昔に比べると随分綺麗になったんだな。昔の冒険者ギルドは場末の酒場と似たようなもんだったが」
「詳しいのね。歴史が好きなの?」
「ああいやまあ。そんな感じ」
実は二百年前の世界から転生してきたのじゃ、と言えるはずもなく。というよりは言っても信じてもらえるはずもなく。
ルーキスはフィリスの話に合わせて苦笑いを浮かべた。
「お爺ちゃんが言ってたわ。昔のギルドは酷かったって」
「お爺さんも冒険者だった?」
「ええ。死んじゃったけどね」
「すまない」
「謝らなくても良いわよ。もう十年も前の話だしね。それより良いの? 入らなくて」
「あ、ああ。行くよ」
ギルドの両開きの扉の取手に手を掛け開き、ルーキスはギルドの中へと足を踏み入れた。
途端に活気溢れる声がルーキスの全身を叩く。
磨かれた木の床、外壁と同じ素材の石の柱。
正面に見える受付用のカウンターには同じ規格の制服を着た女性が数人、様々な装備に身を包んだ冒険者達の対応にあたっている。
「お〜。中も綺麗なもんだ」
過去の薄汚れた冒険者ギルドの事を思い出し、いま目の前に広がる光景とを比べ、ルーキスは心の底から感嘆の声を漏らした。
「冒険者登録はあっちよ」
「あ、ああ。分かった」
ギルドの内装の綺麗さをマジマジと眺めるルーキスの姿は、他人から見れば田舎から上京してきたお上りさんそのものといった様子だった。
そんなルーキスの後ろから、フィリスが声を掛け、玄関口の正面にある受付ではなく、その右手の壁際にあるもう一つの受付を指差してルーキスを導く。
そして、ルーキスはその受付の前まで行くと椅子に座って何やら書類仕事をしている受付の女性に「失礼」と声を掛けた。
「ようこそ冒険者ギルド、プエルタ支部へ。初めての方ね? こっちの受付に来たって事は冒険者登録をするって事でよろしい?」
「はい。冒険者登録をしに来ました」
「かしこまりました。ではこちらの用紙に氏名と年齢、前衛希望か後衛希望かに丸を記入して下さい。どちらも可能であれば両方に丸をお願いします」
言われるがまま、ルーキスは差し出された記入用紙に受付カウンターの上に置かれたインクと羽ペンを使用して記入事項を書き込んでいく。
(前世の時はこんな事しなかったなあ。受付のおっさんに言ってタグ貰って終わりだったのに面倒くさくなったもんだ)
そんな事を思いながら用紙に記入事項を書き終え、それを提出するルーキス。
しかし、それで終わりかと思いきや、受付カウンターの向こうにいる女性は用紙を受け取ったかと思うと、何やら水晶玉が置かれた台座を取り出し、カウンターの上に置いた。
「では次にこちらの記録石の上に手を置き、魔力を注入して下さい。それで登録は終了です」
受付の女性の言葉に従い、記録石と呼ばれていたつるりとした水晶玉のように透き通った、拳ほどの大きさのそれに手を乗せてルーキスは魔力を込める。
すると、記録石が下部から光を放って溶けるように消えていく。
そしてしばらく待っていると記録石は完全に消え去り、代わりに台座の上には一枚のカードだけが残されている状況となっていた。