第78話 旅路にて
雨が上がった翌朝の宿場町。
頭上に広がる空には綺麗な虹が掛かっていた。
ルーキスたちは旅を再開。
行商人や旅人、冒険者たちに追い抜かれながらルーキスたちは自分たちの歩幅でのんびり歩いていた。
「昨日の雨が嘘みたいだなあ」
「ええ、そうね」
空に掛かる虹を眺めながら機嫌よさげに呟いたルーキス。
しかし、そんなルーキスに答えたフィリスの機嫌はあまり良くないようだ。
ルーキスの呟きに、フィリスは少しばかりぶっきらぼうな答え方をした。
「なんだよ、ご機嫌斜めか?」
「昨日私に魔法掛けたでしょ? 眠たくなるやつ」
「君は俺が起きてると眠るのを我慢するからな」
「なにか、しなかったの?」
「なにか、して欲しかったのか?」
フィリスの言葉に冗談ぽく笑い、ルーキスは肩をすくめた。
そんなルーキスにフィリスは不満そうにそっぽを向く。
「別に、ルーキスになら何されたって良いのに。私ってそんなに魅力無いのかしら」
頬を膨らませ、顔を赤くしながら小さな声でフィリスは言うが、それがまさかルーキスにちゃんと聞こえてるとは思っていなかったのだろう。
「大事にしてるって事じゃないか。それに俺には昏睡している女の子にアレコレしようって趣味はないんでね」
そっぽを向いているフィリスの後頭部に向かってそう言ったルーキスにフィリスは振り向くと、耳まで真っ赤にして目を丸くした。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、恋人同士ではないのですか?」
「違うっちゃ違うなあ。まだ告白とかしてないし。好きだけどな」
「す! 好き⁉︎」
「嫌いなヤツと旅なんか出来んだろうが」
「ああ、そういう感じの好きか」
「愛してるって言おうか?」
「気持ちのこもってない愛してるなんか嫌よ」
「違いねえ」
先日攻略したダンジョンでの事を思い出しながら、ルーキスとフィリスはお互いにため息を吐くと前を向いて歩いていく。
そのやり取りを見ていたイロハは、ルーキスとフィリスを交互に見てアタフタしていた。
鉱山都市ハイスヴァルムを目指して、南へ南へと向かって歩いていくルーキスたち。
その日の夜、三人は隊を組んで道行く商人の一団。キャラバンに遭遇したので一夜をそのキャラバンを組む商人や護衛の冒険者たちと過ごす事になった。
「あの湖岸のスライムばっかりのダンジョンにそんな仕掛けがあるのかあ。ちょっと気になるなあ。また仲間たちと行ってみるよ」
「俺たちが攻略した時はこんな魔石が手に入りましたよ。まあ装備の修理や宿代やらでだいぶん減りましたけどね」
仲良くなった護衛の冒険者たちと身振り手振りで話をするルーキスを、隣で座っているフィリスが愛おしそうに眺めている。
そんな時だった。
焚き火のそばで酔った冒険者の男たちが樽を舞台に腕相撲を始めた。
その腕相撲の様子を見るために隊商の商人たちやその子供たちが輪を作る。
「よっしゃあ! また俺の勝ちだ! さあ次の挑戦者はどいつだ⁉︎」
輪の中心で大柄の獣に寄った狼型の獣人族が声を上げた。
体格の良い獣人族だ。
腕相撲大会が始まってから勝ち続けているというのに全く疲労の様子がない。
「兄ちゃん、やってみないかい?」
仲間内でも力が強いのだろう。
挑戦者が現れないのに痺れを切らしたか、獣人族の冒険者が離れた場所で談笑している部外者のルーキスに声を掛けた。
しかしルーキスは首を横に振ってそれを拒否すると、顎に手を当ててフィリスの隣に座っているイロハを見た。
「俺じゃ勝負にならないんで、この子が勝負しますよ。こう見えて鬼人族なんで、強いですよ?」
そう言うとルーキスは立ち上がり、イロハの手を引いて腕相撲大会の会場と化した人の輪に向かっていく。
「あの、お兄ちゃんわたし」
「大丈夫大丈夫。イロハなら勝てるよ」
というわけで、獣人族の冒険者とイロハの腕相撲が始まるかと思ったが、身長と腕の長さが釣り合わなかったのでルーキスが魔法にて樽のそばにイロハ用の足場を土を固めて形成。
樽の上に木の板を置いて腕の長さを合わせた。
「鬼人族か。とはいえ子供、次は兄ちゃんが相手してくれよ?」
「イロハが負けたらその時は。イロハはその横に置いた木の板にこのおっちゃんの手を付けたら勝ちな? 頑張れ」
「なんだったら身体強化を使っても良いぜ? まあ勝負の行方は変わらないだろうけどな」
「それでは両者、健闘を。準備は良いか? 勝負、始め!」
ルーキスの合図でイロハと獣人冒険者の腕相撲が始まった。
結果はイロハの圧勝。
なんだかんだ、イロハも負けず嫌いなわけで。
合図とともにイロハは身体強化魔法を腕に集中して発動。
元の腕力に身体強化を乗せたイロハの力は獣人冒険者の体を半回転させて地面に倒してみせた。
「よかったなイロハ。勝たせてもらえて。見事な負けっぷりを披露してくれたオジサンにお礼を言わなきゃな」
「え? あの」
「良いから良いから」
ルーキスの言葉に困惑するも、片目を閉じて人差し指を口に当てたルーキスを見て、何かを察したか、イロハはよろよろと立ち上がった獣人冒険者に頭を下げた。
「おじさん。わざと負けてくれて、ありがとーございます」
「いやあ優しい人で良かった。ありがとうございますうちのイロハに花を持たせてくれて」
獣人冒険者と名誉を守るため、ルーキスはそんな事を言いながら獣人冒険者に握手を求めた。
その手を握り、獣人冒険者は気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「見くびっていた。なるほど、これが鬼人族の力か。良い経験になったぜ」
それを見て、人だかりの中から獣人冒険者の仲間や隊商の商人たちが「優しいところもあるじゃねえか」「そんじゃあうちの子らの相手もしてもらおうかね」と、声を上げる。
それから獣人冒険者はしばらく子供たちの相手をする事になった。
こうして夜は更けていく。
ルーキスたちはその晩、キャラバンの人たちと楽しい夜を過ごしたのだった。




