第74話 VS ギガントスライム
地下三階。
湖岸のダンジョン最下層に降りたルーキス達は、階段を降りた広間から左右に伸びる通路を左に進み、時計回りで主の間を囲むように配置されている大部屋へと向かった。
通路の天井には水面。
やはりスライムが張り付いている。
「よーし。やっちゃうわよ?」
「任せるよ」
天井に手をかざし、魔力を放出しながら炎をイメージしたフィリスの手から火球が放たれる。
しかし、まだ使い慣れていないせいか、火球は高い天井に届く前に消えてしまった。
「失敗!」
結局フィリスは手の内に火球を作り出し、天井に向かってそれを軽く放ると、落ちてきた火球を蛮刀で打ち上げた。
その威力は地下二階で使った時より向上しており、スライムの体に当たるなり小さく爆発。
スライムの体を一部吹き飛ばした。
「よし、今度は成功ね」
「成功。そうだな、成功だ」
「なんで届かないかなあ」
「初速の問題だ。イロハの雷撃はその特性上超高速で標的に向かうから初心者でも遠距離まで届くが、本来火や水、石の礫に氷なんかは飛ばないからな。魔力で補助する必要がある。その辺りは鍛練次第で上達するから頑張ろうな」
「魔法って難しいわねえ」
「簡単ならこの世界は魔法使いで溢れてるさ。それをフィリスは力業で解決してるから面白いんだがね」
「褒めてる?」
「褒めてるとも。まさか威力が向上してるとは思わなかった」
褒められて嬉しくなったか、フィリスはルーキスに笑顔を向けると振り返り、張り切った様子で先頭を歩いて天井のスライムが逃げていった大部屋へと向かっていった。
「お姉ちゃん嬉しそうです」
「素直で可愛いよな」
先に進んだフィリスの後ろ、微笑みながらあとに続くルーキスとイロハ。
ダンジョン最下層もなんのその。
三人は魔法の鍛練も兼ねて最下層の大部屋四ヶ所を攻略していき、主の間の手前、階段前の広間に戻ってきた。
「ちょっと感覚が分かってきたかも」
「最後は天井まで届いてたもんな。まあまだ打った方が速度は出てるが」
苦笑しながらルーキスはバックパックを石畳の床に下ろし、主の間に向かう前の最後の休憩がてらに荷物を整理すると回復薬の入った小瓶をフィリスとイロハに渡した。
「解毒薬入りの回復薬だ。情報だと毒やら酸を使ってくるらしいから気を付けてな」
「でも弱体化出来てるんでしょ?」
「とはいえダンジョンの主だからな。油断はするなよって話さ」
「ええ。それはもちろん」
「じゃ。ちょっと休憩したら主の間に挑むか」
こうしてルーキス達は小休止。
主の間へ続く門の傍に必要のない荷物をまとめて置くと、石で造られたアーチ状の門の前に立つ。
そして、ルーキスが門に触れると下から光りが放たれ、門を伝ったかと思うと、下にスライドして門が開いた。
「そうやって開くんだ」
「このダンジョンの趣味なんだろう。さ、行くぞ」
各々武器を手に取り、主の間に足を踏み入れる。
中は随分な広さで柱は無く、だだっ広い石畳が延々と広がっているように見えるくらいには丸い大広間の壁は暗くて見えない。
視界もこれまで攻略してきた階層ほど明るくないため、ルーキスは火炎魔法を圧縮した光球を無数に放ち、広間を照らした。
「あれ? いない?」
「上!」
歩いて大広間を進むが、主である巨大なスライムの姿が見えず、フィリスがバックラーを構えて警戒していると、ルーキスが放った光球ですら照らせない天井の暗闇から三人目がけて巨大なスライムが落下してきた。
その体色は漆黒。
天井が暗かったわけではなく、そのスライムが張り付いていたことで暗闇に見えていただけだったのだ。
その巨体はルーキスやフィリスの身長を優に超えて見上げるほど。
一軒家程度なら丸呑みにできそうだ。
「ギガントスライムだったか。これで弱体化してるんなら弱体化させてなけりゃ、どれだけデカいんだかな」
「まずは様子見かしら。三方から攻める?」
「そうしよう。ヤバいと思ったら俺の後ろに下がれよ?」
「了解!」
「わかりました!」
ルーキスがスライムの間近でハルバードを構えたのを見て、フィリスとイロハが声を上げると駆け出した。
それを見たギガントスライムが太い触手を左右に複数伸ばして体ごと回転。
走り寄るフィリスとイロハ、ハルバードを振り上げていつの間にやら懐に入り込んでいたルーキスをもろとも薙ぎ払おうとしてきた。
その触手をルーキスは斬り払い、フィリスは跳んで避け、イロハは床に足から滑り込んで避ける。
その際にルーキスが斬り落とした触手から酸が放出。
ルーキスのハルバードの刃にも酸が付着し、ハルバードの刃を溶かした。
「あ! コイツ俺のハルバードを!」
魔力を纏わせていなかったわけではない。
武器を魔力で保護してなお、ギガントスライムの酸はルーキスのハルバードの刃を溶かしたのだ。
「酸に触るなよ⁉︎ 思った以上に強力だぞ!」
「いや、そんな簡単に切れないんだけどコイツ」
ルーキスの攻撃と同時にギガントスライムに斬りかかったフィリスの刃はスライムに弾かれていた。
イロハも滑り込んでガントレットを装着した拳を叩き込むが、その弾力に弾かれ攻めあぐねいていた。
「単純な耐久力に、攻撃が通っても酸か。コレで弱体化してるってか。はっはっは! 面白え!」
距離を置き、魔法を放つためにハルバードの切先をギガントスライムに向け、ルーキスは魔力を充填していく。
それを一番の脅威と感じたか。
ギガントスライムはルーキスに向かって先端を鋭利に変化させた触手を高速で射出。
その触手をフィリスがバックラーで、イロハが踵落としで地面に叩き付けた。
「ナイスゥ! 愛してるぜ二人とも!」
「お兄ちゃんが何か変です」
「テンション上がってるわね。ちょっと! 冗談言ってないでよね!」
「いやあ楽しいねえ。コレでこそよ! ダンジョン攻略ってのはさあ!」
フィリスとイロハの援護で隙が出来たギガントスライムに向かって、ルーキスは笑顔を浮かべると魔法の杖をそうするように構えたハルバードの切先に展開した魔法陣から魔力のみで生成した熱線を放出した。
フィリスとイロハの頭上をルーキスの熱線が通過。
真っ直ぐにギガントスライムのコアを狙うが、スライムは体から伸ばした無数の触手にてそれを防御。
更にはコアの場所を移動させ、ルーキスの熱線でその無数の触手ごと体は撃ち貫かれたが、一命はとりとめた。
「ちょっと体が縮んだな。攻略法としてはコレが当たりか。さあて、じゃあちょっと、乱暴しようかねえ」
ルーキスはそう言うと、ハルバードをスライムではなく天井に向かって掲げた。
それを合図にするかのように、ルーキスの後方に魔法陣が多数出現、魔力を充填し始める。
「援護頼むぞフィリス! イロハ!」
「任せて! 守ってみせるわ!」
「お兄ちゃんの所には、攻撃は通しません!」
魔力を充填するルーキスを守るためにフィリスは蛮刀に炎を纏わせ、イロハはガントレットに雷光を纏わせて一歩前に出る。
戦闘が終わったのはこの直後。
フィリスとイロハがギガントスライムからの触手での攻撃を防いだ瞬間の事だった。




