第65話 イロハの決意
魔力操作を含めた魔法の鍛練と戦闘訓練を始めて五日。
この日、フィリスがついに腰辺りまで石を積む事に成功した。
まだ少し不安定だが、結果は上々。
最初の頃とは違い、周りの音すら聞こえなくなるほどの集中力でフィリスは石を積み、それを終えると大きく息を吐いた。
「やっ、たあ! 出来たあ!」
「おめでとう。夜、宿を抜け出してこっそり鍛練していた甲斐があったな」
積み上げた石を見下ろして「やってやったわ」と言わんばかりにニヤリと笑うフィリスに、ルーキスはニヤっと笑ってフィリスの肩に手を置いた。
その置かれたルーキスの手と言葉に、フィリスはビクッと肩を揺らす。
「な! なんの事かしらあ」
「バレないと思ったか? 頑張り屋なのは好ましいが、無理しないかってずっと心配してたんだぞ?」
「まさか、気付かれてたなんて」
「布団が捲られたらそりゃあ気付くさ。なんで隠れて鍛練してたんだ?」
「あ〜。まあ、なんて言うか。イロハちゃんのお手本になりたかった、のかなあ。私の方が歳上で、お姉ちゃんだから。出来ないって弱音を吐くのをいつまでも見せたくなかったって言うか」
少し恥ずかしそうに顔を赤くして俯いて隠れて鍛練していた理由を話すフィリスにルーキスは微笑むと「じゃあフィリス、イロハにコツを教えてやってくれ」とフィリスの肩から手を放した。
「私まだ誰かに教えられるほど魔法使えないわよ?」
「教える事も鍛練だ。指導する側に立つ事で見えてくるモノもあるからな」
そう言うとルーキスはフィリスから離れて湖の方へと歩き陽光を反射している湖面を眺め、心地良い風を感じながら鼻歌を歌った。
フィリスの成長と頑張りが、ルーキスは自分で思っているより嬉しかったようだ。
故郷で歌われていた海の歌を、大きな湖を見ながら、気が付けばルーキスは口ずさんでいた。
その鼻歌を聞いて、フィリスとイロハは珍しい物でも見たと言いたげに顔を見合わせて微笑む。
「なんだか、嬉しそうです」
「ふふ、そうね」
鼻歌を歌うルーキスの背を見て微笑み、フィリスとイロハは魔法の鍛練を続行。
長年魔法を当たり前のように使ってきたルーキスより、ほぼ同じ練度だった魔法の使い方が分からない者の目線でフィリスが魔法を教えた為、イロハも少しずつコツを掴んできたようだ。
その日の夕暮れ前にはフィリスに続き、イロハも石積みに成功。自分の胸辺りまで積んだ石を見て目を輝かせていた。
「お〜。出来たじゃないか。二人共、頑張ったな。早速だ、手の平に魔力を集中してそれぞれ得意な魔法をイメージしてみな」
ルーキスに言われるまま、二人は薄暗くなってきた湖岸で手の平を上に向けて魔力を集中させると、フィリスは火を、イロハは雷をイメージする。
「あまり出力を上げ過ぎないように。一定の出力でな」
「大丈夫。出来るわ」
「こう、でしょうか」
ルーキスの言葉に答えると、フィリスは手の平の上に赤い炎を、イロハはパチパチ弾ける雷の球を作り出した。
出力は安定しているようだ。
フィリスの炎もイロハの雷球も出力過多で爆ぜたり、出力不足で消失する気配は無い。
「良いな。綺麗な魔力制御だ、吸収率も上がっているし、これなら問題は無さそうだ」
「じゃあ、ダンジョンに?」
「俺の見立てではもう少し先になると思ってたんだがな。フィリスの頑張りと、イロハの才能は俺の予想を上回った。明日一日休んだら、ダンジョン攻略再開だ」
フィリスとイロハは魔法を消してルーキスに近寄る。
「私達三人で攻略出来るかしら」
「ははは。すっかりイロハも戦力として数えるようになっちまったな」
「わ、わたしは嬉しいです。ルーキスお兄ちゃんとフィリスお姉ちゃんと、一緒に戦えるのは」
「そうか。でも無理だけはしてくれるなよ? 危険だと思ったら迷わず俺たちの後ろに逃げるんだ。良いな?」
「はい。わかり、ました」
逃げろ、と言われてイロハは渋々了承したが、二人を盾にするようで「それは嫌だなあ」と思い、呟きそうになって下を向く。
そんなイロハの心中を察したか、ルーキスは「イロハは優しいな」と、呟きながら幼い少女の頭にポンと手を置いた。
その手の温かさに、イロハは今は亡き父親の事を思い出すが、今度は丘の上から湖を眺めた時とは違い、泣くことはなかった。
それどころか、顔を上げ「ルーキスお兄ちゃんにお願いがあります」と、ルーキスの目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。
「わ、わたしをポーターではなく、ぼ、冒険者として旅に同行させてください」
「家族じゃなくて?」
「へ⁉︎ あ、あの。それは」
「こらこらフィリス。子供の決意を茶化すもんじゃない。まあ言いたい事は分からんではないけどな」
言いながら、ルーキスはイロハと視線を合わせるために屈み込んだ。
「イロハの事は確かにポーターとして雇ったが、俺達はイロハの事をただのポーターだなんて思った事は一度もないよ。冒険者になりたいって言うなら俺もフィリスも止めはしない。まあ、あえて言うまでもないが、これからもよろしくなイロハ」
「はい。よろしくお願いします」
イロハを撫でたあと、握手の為に手を伸ばすルーキス。
その手をイロハは小さな手で握り、そこにフィリスが手を重ねた。
「よし。じゃあ今日は酒場で美味い飯食ったら、ギルドの出張所でイロハのギルドカードを発行してもらうか。年齢的には大丈夫だよな?」
「ギルド規定に年齢制限は無いわよ? 戦える力と意志が有れば良しってね」
「まあ確かに俺が十六になってから冒険者登録したのも、成人するまでは駄目って約束があったからだしなあ」
「私も成人するまでは駄目だって言われてたのよねえ。まあ、ちょっと先走ったけど」
「イロハは俺たちよりも早く冒険者になるわけだ。目指せ極級冒険者、だな」
「きょくきゅーなんて、特級の上じゃないですか。無理ですよ、わたしにきょくきゅーなんて」
「さてどうかな? 未来は分からんぞ?」
ニヤッと笑うルーキスの言葉に、微笑むフィリスと狼狽えるイロハ。
三人は酒場に向かうと夕食後、予定通りにギルドの出張所に向かった。
そしてイロハはギルドカードを入手。ポーターから冒険者へと転向を果たしたのだった。




