第63話 休憩は大事
鍛練を開始してしばらく経ち、湖の上の朝霧は綺麗に晴れ、波打つ湖面がキラキラと陽光を反射し始めた。
ポカポカ陽気と涼やかなか風を感じながら、ルーキスは平たい石を投げて水切りして遊んでいる。
その後ろで、フィリスが何度目かの石積みに失敗して「あー! もう! 難しいってば!」と頭を抱えた。
「集中しろ集中」
「わ、分かってるわよ」
「身体強化を使えるんだ。コツを掴めば直ぐに出来るようになるさ」
ルーキスに諭され、再び石積みに挑むフィリス。
その横で黙々と石積みをしているイロハだが、そんなイロハも三段目あたりで石を崩してガックリと肩を落とした。
「感覚ってのは口頭で教える事が難しくてな。出力を一定に保つと一口に言っても、それも人それぞれだしなあ。すまないが、これに関しては自分達で感覚を掴んでくれ」
「はい」
上手く出来ない事に気を落とすイロハだが、恩人の期待に応えるために頑張ろうと一念発起。
頑張るフィリスの横顔をチラッと見た後、再び石積みを再開した。
そこからさらに何度か石積みに失敗するフィリスとイロハ。
その額には汗が滲み、魔力操作の精度も粗くなってきていた。
それを見て、ルーキスは「よし。そろそろ休憩にしよう」と、手を叩いて二人に言うと水際から二人に向かって歩き出した。
「初めての魔法の鍛練。どうだ? そろそろ疲れてきたんじゃないのか?」
「そうね。体を動かしてるわけじゃないのに。少し疲れたかも」
「イロハは?」
「だ、大丈夫です。まだまだ頑張れます」
「じゃあちょっと二人とも、立ってみな」
ルーキスの言葉に従って、二人は座っている状態から立ちあがろうとして砂浜に手を付いた。
しかし、フィリスは立ち上がった瞬間に足から力が抜けてその場に再び座り込み、イロハに至っては手を付いた状態から立ち上がる事すら出来なかった。
「魔力量の減少に魔力の生産吸収が追いついていない事から起こる魔力欠乏症。魔力枯渇の一歩手前の状態だ」
言いながら、ルーキスは二人の後ろに座り込むと、二人の背中に手を当て、魔力を送り込んでいく。
「その疲労感をよく覚えておくんだぞ? 体力切れは筋肉や肺の痛みで早々に知れるが、魔力切れに関しては痛みを伴わないからギリギリまで分からないからな。魔力が枯渇すると馬鹿みたいに激しい頭痛には襲われるがね」
送り込まれてくる暖かい魔力を感じながら、フィリスとイロハはルーキスの言葉に耳を傾けていた。
二人の状態を考慮して、魔法の鍛練は一時中断。
フィリスとイロハが歩けるようになるのを待って、三人は空いた腹を満たすために酒場へと向かう事にした。
「どう? イロハちゃんは出来そう?」
「分かりません。でも頑張ります、お母さん」
湖岸から三人並んで酒場に向かう途中。
フィリスが手を繋いで歩いているイロハに聞いた際に、その優しい笑顔と声にイロハがつい間違えてフィリスの事を「お母さん」と呼んでしまった。
そんなイロハの呼び間違いに、フィリスは照れてしまったか、笑顔を我慢したなんとも言えない表情でルーキスを見る。
「睨めっこか? そこは素直に喜んでおけよ。言い間違えるくらいには心を許してくれてるんだから」
「あ、ごめんなさい。フィリスお姉ちゃん、わたし」
「謝らないで、大丈夫だから。いやもう、ほんと可愛いわね」
照れて下を向くイロハをフィリスが抱き上げた。
頬を擦り寄せフィリスはフィリスで照れ隠しをしているようだった。
そんな二人を眺めていたルーキスにも笑顔が浮かぶ。
そうこうしているうちに宿場町に戻ってきた三人の目に、ギルドの出張所に入っていく一団が見えた。
どうやらルーキス達より先にダンジョン攻略に向かったパーティのようだ。
遠目に見た感じ怪我は無いようだが、随分と疲弊している様子だった。
「失敗、かな?」
「ああ〜。多分失敗だなあ。怪我はしてなさげだが。まあ無事で良かったじゃないか。攻略する時にスライムに溶かされた遺体を見なくて済む」
「ちょっと、子供の前でそういう事言わないでよ」
「ダンジョンに行く以上、いつかは直面する現実だ。心構えは大事だぞ?」
「それはそうだけど」
暗い顔で出張所に入っていったパーティを見送って、ルーキス達は腹の音に従って酒場に足を踏み入れた。
酒場のマスターは暇そうに食器を拭いている。
「マスター。食事をお願いします、肉が良いな」
「若い子は昼からよく食べるねえ。ソーセージの盛り合わせなんてどうかね?」
「お。良いですね、頼みます」
「二人は何が良い?」
「ルーキスと同じで良いわ」
「わたしも、お父さんと同じやつが良いです」
酒場のカウンター席に座った順にマスターに食事を注文していく最中、イロハが今度はルーキスの事を「お父さん」と呼び間違えた。
その結果、酒場内の時間が一瞬止まったかのようにルーキスとフィリス、イロハ、そして酒場のマスターは静止する事になる。
「はっはっは。良いのかイロハ、俺がお父さんで」
「うう。また間違えてしまいました」
「仲が良いパーティだなあ。良い事だよ。仲が良いってのはなあ」
豪快に笑うルーキスと、下を向いて顔を赤くするイロハを見て、酒場のマスターは優しく微笑むと、三人の前に水が入った木のコップを置き、厨房の方へと向かっていった。
ルーキスはマスターからもらった水を口に運ぶが、その際にイロハではなく、隣に座っているフィリスが顔を赤くしているのに気が付く。
「どうした? 自分がお母さん、俺がお父さんって呼ばれて、何か思うところがあったか? 俺たちが結婚して、イロハを養子に迎えて仲良く暮らすとか」
「な、ば、いや」
当たらずとも遠からず、というよりは自分が妄想していた事を言い当てられて、フィリスが激しく狼狽えた。
その様子に、ルーキスは優しげな笑みを浮かべる。
「それもありかもな。楽しくなりそうだ」
ルーキスのその言葉に一番驚いたのは妄想を言い当てられたフィリス本人だった。
いつものようにからかわれて一笑されると思っていた。
しかし、ルーキスから出た言葉はその妄想を肯定する言葉だったのだ。驚くのも当然かもしれない。
「も、もう。からかわないでよ」
ルーキスの言葉を冗談だと断じたわけではない。
ただ、フィリスは妄想を言い当てられた事と、それを肯定された事が恥ずかしくなってわざとらしく頬を膨らせて見せた。
恋する乙女には、意中の人に想いを真っ直ぐ伝えるのはまだ少し難しいらしい。




