第60話 湖岸のダンジョン
冒険者ギルドの出張所の対面にある宿は、ルーキス達以外にも冒険者が宿泊しているようだったが、姿は見えなかった。
宿の従業員の話だと、今朝早くからダンジョンに潜っているらしい。
「パーティの編成はどんな感じでした?」
「剣を持った男が二人。斧を持った女が一人。杖を持った男女が一人ずつ。って編成だったねえ。長らくこの場所でいろんなパーティを見てきたが。まあ、あのパーティでは攻略出来ないだろうねえ」
従業員の初老の女性はそう言うとやれやれとでも言いたげに肩をすくめていた。
「前衛三、後衛二。編成としてはバランス良し、それでも難しいと?」
「いんや。難しいとは言ってないよ。無理だと言ったのさ。杖を持った二人のうち、恐らく一人は回復役。そうなると、浅い階層は攻略出来ても、二階層より下は無理だ。それほどあのダンジョンのスライムはやっかいなのさ」
随分と詳しいこの従業員の女性。
話を聞くに、若い頃はギルドの職員だったらしい。
宿の主人との結婚を機にこの宿屋に勤める事になったのだそうだ。
「アンタ達もダンジョンに挑むんなら浅い階層だけにしとくんだね。下は思っているよりも危険だから」
「ご忠告に感謝します。様子を見て、無理そうなら引き返します」
そう言って笑うと、ルーキスはとりあえず今日と明日分の石貨を払い、部屋の番号が書かれた木札が付いた鍵を受け取ると、指定された部屋へと向かう。
その部屋に荷物を下ろしたルーキス達は装備だけ整え、腹ごしらえをして、しばらく休憩したあと、宿を出てダンジョンがある丘に向かった。
「スライムが硬いっていうのが想像出来ないなあ私」
「硬いってわけじゃない無いと思うぞ?」
「どう言う事?」
「そうだなあ。例えば、例えばほらアレ。ラバースネークのゴム質の皮を重ねた物に、剣を振り下ろすと跳ね返ってくるだろ?」
「いや、ごめん。わかんない」
「ふむ。じゃあ戦ってみるのが一番良いな。ムサシの国の言葉だったはずだが、そう言うのなんて言ったか。百聞は一見になんちゃらってやつだ」
「百聞は一見にしかず、です」
「ほうほう。そうなのか。難しい言葉を覚えてるんだなイロハは」
そんな話をしながら、ダンジョンの前に設置されている木の柵の前に立つ警備兵にルーキスとフィリスはギルドカードを、イロハはポーターである事を示すカードを提示する。
「三人かい? 中のスライムは地上にいるスライム達よりかなり強力だから、注意するんだよ?」
「ありがとうございます。気を付けて行ってきます」
「無理はしないようにな」
警備兵の男性に会釈をし、ルーキス達は柵と柵の間を通り抜け、丘にポッカリ空いた穴に向かう。
その穴から地下に降りるための階段が続いていた。
ルーキスは壁に埋め込まれた光る魔石に照らされた階段に一歩踏み出す。
その後にフィリスが、更にその後ろからイロハが続いた。
「なんでダンジョンって下に降りるのかしらね」
「地下に張り巡らされた魔力の流れを取り込む為、ってのが通説だが、塔や城みたいなダンジョンもあるしなあ。ダンジョンっていう魔物の個性なんじゃねえか?」
「個性かあ」
「じゃあこのダンジョンは、スライムが好きなんでしょうか」
「はっはっは。そうかも知れないな」
話をしながら薄暗い階段を降りていくルーキス達。
そんなルーキス達の足元が魔石の光より明るくなってきた。
地下から地上に出たような明るさだが、階段から見える地下一階の床は石畳で、何故か水面が揺れた時に見える歪んだ影がユラユラ動いて見えた。
それもその筈だ。
地下一階に降りたルーキス達が見たのは、天井に広がる水面だった。
光源は階段の魔石と同じ物みたいだが、一際大きな魔石が天井の水の向こうで太陽のように明るく光っている。
「水の底に、いるみたいね」
「なんであの水は、落ちてこないんでしょう」
「ダンジョンだから、としか言えんが。不思議な光景だなあ」
天地がひっくり返ったかのような光景に見惚れながら歩いていると、不意にルーキスの足元で何かが蠢いた。
もちろんスライムだ。
地上に多く生息する黄緑色をしたゼリーのようなグラススライムが先頭を歩くルーキス目掛けて体当たりを仕掛けてきた。
「イロハ。殴ってみな」
「え、あっ。はい!」
体当たりして来たグラススライムを蹴り飛ばし、イロハにパス。
スライムをパスされたイロハは、ルーキスが言った通り、普段スライムを殴る時と同じ力でガントレットを装着した拳で殴り付けた。
地上のグラススライムなら、その一撃で体内の核は破壊され、スライムのゼリー状の体はたちまち液状に崩れ去る。
しかし、このグラススライムはそんなイロハの一撃では死なず、勢いよく跳ね返ってフィリスの顔面を掠めた。
「あ、あっぶなあ!」
「ごめんなさい!」
「おお〜。確かに物理耐性が地上のスライムとは段違いだな。どれどれ、一撃ぶつけてみるか」
イロハに吹き飛ばされたスライムが、ピョンピョンと跳ねながら再びルーキスに迫って来た。
そのスライムに、ルーキスはハルバードを振り上げ、薪割りよろしく振り下ろす。
すると、スライムは四散。
跡形もなく消え去る事になった。
「お? ちょっと手ごたえがあるな。コレならイロハの良い鍛練にもなりそうだ」
「本当に手ごたえなんかあった? スライム散ってたけど」
「フィリスも試してみろよ。地上のスライムに比べたら随分弾力あるぜ?」
などと言っていると、通路から湧き出るように先程と同種のグラススライムが現れた。
そのスライムに向かって蛮刀を肩に担ぐように構えると、フィリスは一気に駆け寄り蛮刀を振り下ろす。
しかし、刃が当たった直後、妙な弾力を感じたので、フィリスは刃を一気に引いて滑らせ、なんとかスライムを切り裂いた。
「うわ。本当だ。変な感触」
「やるなあ。今咄嗟に刃を引いたろ?」
「ええまあ。弾かれるのは嫌というか、恥ずかしいなって思って」
「良いセンスだ。純粋に凄いと思ったよ」
フィリスの言葉にニヤッと笑うルーキス。
そんな二人のやり取りを見て羨ましいと思ったか、はたまた二人に褒めてもらいたいと思ったのか、イロハが三度現れたスライムに突撃していく。
そんなイロハの後ろ姿を見て、ルーキスとフィリスは顔を見合わせて苦笑しながら肩をすくめた。




