第59話 湖岸の宿場町
翌早朝。
荷物を持ち、ルーキス達は宵空亭を発った。
宵空亭の女主人、メアリの話だとオーゼロからダンジョン近くの宿場町へ物資を運ぶ馬車が出るとの事だ。
あわよくば乗せてもらおうと思い、ルーキス達はやって来た町の西ではなく、宿を南に下ったところにある南のアーチ門を目指した。
「次のダンジョンはどんなダンジョンかしら」
「まずは情報だな。宿場町にギルドがあれば良いが」
そんな事を話しながら歩いていると、ルーキス達は積荷を積んだ馬車の荷台に立ち、御者がアーチ門の手前で積荷の最終確認をしているのを見つける。
「おはようございます。これから出発ですか?」
「やあおはよう。君達は?」
「旅の冒険者一行です。湖岸のダンジョンに今から行こうと思いまして」
「ダンジョンに子連れで?」
「ああいや。彼女もパーティの一員です。こう見えて中々強いんですよ?」
「へえ〜。そうなのかい。もしかして、馬車に乗せてもらおうって考えてるかい?」
御者の中年の男の言葉に、ルーキスはニコッと笑い「そうです」と、ハッキリ答えた。
その様子に御者の男は声を上げて笑う。
「正直な少年だな君は、良いだろう乗っていきな。ただし、魔物や野盗が出たらその時は頼むぞ?」
「ありがたい。じゃあよろしくお願いします」
「空いてる場所に座ってくれ。荷物の最終点検を済ませたら出発だ」
御者の男の言葉にルーキス達はそれぞれ礼を言って頭を下げ、三人は荷台に自分達の荷物を乗せていく。
そして自分達も乗り込んでしばらく待っていると「出発するよ」と御者が手綱を握りながら後ろを振り返って言い放った。
手を上げて振り、応え、馬車がオーゼロの町を出発する。
プエルタからミスルトゥへ向かう街道ではゴブリンの襲撃に出くわしたが、今回の道行は平穏な物だった。
幌の無い馬車の荷台で揺られながら風を感じ、日の光に温められ、ルーキスはフィリスとイロハにそれぞれ魔法を教えていると、昼を過ぎた辺りで目的である宿場町に到着した。
いくら森の中の宿場町とはいえど民家は少なく、宿屋が一軒と雑貨屋、鍛冶屋、酒場。そしてギルドの出張所。
あとは教会が湖岸の近くの丘の上にあり、その丘と道を挟んで違う場所にある、穴の開いた小さな丘と、その丘の穴をコの字で囲む木の柵、その柵の側に一軒家ほどの大きさの警備兵の詰め所があるくらいしか家屋が無い。
「ミスルトゥとは随分違うな」
「なんだが活気が無いと言うか、誰もダンジョンを気にしてないみたい」
宿場町の真ん中にある広場で馬車を降り、御者の男に別れを告げ、冒険者ギルドの紋章が刻まれた看板が掛かった、木造一軒家の宿屋のようにも見える家屋を目指していくルーキス達。
その家屋、ギルドの出張所に足を踏み入れると、正面にある受付に座っている青年が何か珍しい物でも見るかのようにルーキス達を見て、座っていた椅子から立ち上がった。
「これは珍しい。こんな片田舎によく来たね」
「ダンジョンに挑戦しに来ました。何か情報があれば頂けませんか?」
「う〜む。君達、見たところ二人とも前衛みたいだけど、魔法は使えるかい?」
「ええまあ。問題なく」
「そうかあ。いや実はね」
ルーキス達の話を聞いて、職員の男性はこのダンジョンについて話し出した。
どうやらこのダンジョン、出現する魔物がスライムだけらしい。
長年。それこそダンジョンがこの場所に出現してから数十年経つらしいのだが、一度もダンジョンから魔物が溢れた事が無いらしく、それ故にギルドは一応出張所を建て、一応王国に警備兵の派兵を要請したらしい。
当時こそダンジョンだと言う事で、少しばかり発展はしたのだが、出現するスライムの特性により挑戦者が激減。
今のように廃れていった、とのことだった。
「そのスライムの特性と言うのは」
「斬撃や拳撃、いわゆる物理攻撃に強い耐性があってね。地下に行けば行くほどその耐性が上がって、最奥の主なんかは物理攻撃が全く効かないそうだ」
「じゃあ魔法使いなら楽勝じゃない?」
「見たことあるか? 魔法使いだけの冒険者パーティ」
「無いわね」
「しかし、スライムだけのダンジョンか。興味はあるな」
「私のお爺ちゃん、スライムに負けたなんて事は」
「無いとは言えないぞ? スライムが弱いというイメージは地上の至る所で見られる繁殖力が強いグラススライムの影響が大きい。アイツらは馬鹿みたいに増えるのが早いがその分戦闘能力はショボいし体力も無い。だけど、強いスライムってのはデカい街一つ滅ぼすくらいには強力だ。物語にも出てくるだろ? スライムディザスター」
「その絵本の話は知ってるけど、御伽話でしょう?」
「そうとは言えないのがこの世界の面白いところだ。あ、すいません。ダンジョンの地図あります? 下見に行ってみたいんですが」
「このダンジョンは三階層構造だ。地図三枚で紫石貨二枚だよ」
「やっす。過疎ダンジョンだけあるわね」
「だな。とりあえず宿に荷物を置いてちょっと様子を見に行くか」
職員の青年に石貨を渡し、ルーキスは地図を受け取ると、外に出るために青年に背中を向けた。
そんな時だった。
背後の青年が「ちょっと良いかい?」と、ルーキス達を呼び止めた。
「君達、子供を連れてダンジョンに潜る気かい?」
どうやら、この青年もイロハの事をルーキスとフィリスの娘だと認識しているらしい。
まあ冒険者や騎士、軍人が孤児を引き取るなんて話は良く聞くので仕方ない。
そう思いつつもルーキスはイロハの頭に手を置き、振り返って「この子は俺達のパーティメンバーですよ」と苦笑しながら言うと、ギルドの出張所を後にした。




