第58話 星空を歩く
オーゼロに到着したルーキス達はその日、案内された大衆浴場にて疲れを癒したあと、酒場でおすすめの魚料理に舌鼓を打ち、宿に戻って一夜を明かした。
その翌朝、というよりは昼まで、眠っていたルーキス達は目を覚ますと湖岸の町オーゼロを散策して買い食いしたり、古い服を下取りに出して新しい服を購入。
翌日にダンジョンへ向かう為の保存食などを購入した後は、宿に荷物を置き、再度大衆浴場でのんびり過ごすと酒場で夕食を楽しんだ。
「今日は天気が良い。風も無いし湖に星が浮かぶかもなあ」
「星が浮かぶ?」
酒場の店主の言葉にカウンター席で食事をしていたルーキス達は一様に首を傾げた。
「行けば分かるさ」
現地人にそう言われたからには何か良い物を見る事が出来るかも知れないと思い、ルーキス達は宿で夜が更けるのを待った。
そして、空に満天の星の海が広がった頃を見計らってルーキス達は宿から出ると星空湖へ向かう。
その最中ですら湖面に反射した星空で、ルーキス達には眼前にポッカリと穴が空いたように見えていた。
しばらく歩き、湖岸に立ったルーキス達は、微かに波のたつ湖面の際に立つと、反射した星空が湖面に写る星空と相まって目の前一杯に星空が広がって見えた。
その光景はまるでルーキス達を夜空に放り出したようにすら見える。
酒場の店主の話しでは頻繁に見られる光景では無いらしく、湖岸には町の住人達も集まってきている。
「うわあ。凄いなあ」
「星空が足元にも広がって見える」
「綺麗です」
町の住人達に混じり、水際に立って眼前に広がる夜空を眺めるルーキス達。
この時、ふとルーキスはある事を思いついた。
「なあ。もっと近くで見てみないか?」
「近く? もうこれ以上近くになんて行けないでしょ」
「水に入っちゃいます」
「水に入るのさ」
言いながら、ルーキスは魔力を足に集中させた。
発動したのは水渡の魔法。
文字通りに水の上を渡って歩く為の魔法だ。
その魔法を発動さると、ルーキスの足元が淡くて青い光を放った。
それを確認すると、ルーキスは湖に向かって歩いて行き、水の上に立って見せる。
「あなた、もう何でもありね」
「そうでも無いさ。俺が使える魔法なんて生粋の魔法使い達が使える魔法のほんの一部でしか無いんだから。それよりほら、フィリスもイロハも来いよ」
そう言って、ルーキスはフィリスに手を差し伸べた。
「落ちたら乾かすの手伝ってよね」
「安心しろ。落ちねえから」
フィリスはルーキスの言葉を信じて差し伸べられた手を取り一歩踏み出した。
すると、フィリスの足元がルーキス同様に淡い青色の光を放つ。
そしてこの日、フィリスは初めて水の上に立つという経験をする事になった。
「イロハもおいで。怖いなら背負っても良いぞ?」
黒い水が怖いのか、イロハはフィリスほど思い切って水の上に足を踏み出せなかった。
そこでルーキスはフィリスと手を繋いだまま背中をイロハに向けて水の上で膝を付いて屈んだ。
そんなルーキスにイロハは手を伸ばし、思い切って飛び乗った。
「よし。ちゃんと踏み込めたな。偉いぞ」
そう言うと、ルーキスは片手をイロハの臀部に回して幼い少女の体を支え、フィリスと手を繋いだまま湖の中央に向かって歩き始めた。
星空を踏み、星空を見上げ、ルーキス達は歩いて行く。
「空を飛んでるみたい」
「良い所だ。静かで景色が良くて」
「ルーキスお兄ちゃん、フィリスお姉ちゃん。ありがとうございます。わたしをここまで連れて来てくれて」
「何を言ってんだか。それを言うならこっちだってありがとうだぞ? 一緒に来てくれてありがとうな」
「二人ともその次の言葉が抜けてるわよ?」
「ん? なんだ?」
「これからもよろしく、でしょ?」
「はっはっは。確かにそうだ。二人とも、これからもよろしくな」
「わ、わたしも。よろしくお願いします」
「よろしくね二人とも」
星の海の真ん中で、笑い合うルーキス達。
そんなルーキス達の頭上で一つの星が流れた。
それを合図にしたかのように一つ、また一つと星が流れていく。
気が付けば無数の星々が空を流れていた。
流れ星の群れを、湖面が反射して足元でも無数の星々が流れている。
「お〜。流星群か、凄いタイミングで流れたな」
「私、一生この景色忘れないわ。っていうか忘れられないわね。こんな綺麗な景色」
「わたしも、忘れません。絶対に」
「そうだな」
流星群の中を歩いている錯覚を味わいながら、ルーキス達は湖面を歩いてまわる。
すると、ルーキス達に続くように町の住人達は小さな手漕ぎの舟を出して湖の上へとやって来た。
その様子に、ルーキスはフィリスと顔を見合わせて微笑み合い、イロハはルーキスの背中に抱きつくように体を預けて横目に夜空を見上げていた。
しばらく流星群を眺め、それが収まると、ルーキス達は湖面を歩いて岸へ向かって歩いていく。
「あら。イロハちゃん寝ちゃったわね」
「ん? そうか。まあもう遅いしな。俺たちも明日は移動だし、宿に帰ったら寝よう」
「そうね、ゆっくり休みましょ」
いつの間にやら眠ってしまったイロハを背負い、フィリスと手を繋いだまま、ルーキスは岸に辿り着くとフィリスから手を放すのも忘れて道を歩き、宿へと戻った。
こうしてオーゼロでの二日目の夜の事を静かに過ごし、ルーキス達は翌朝を迎える。
次に向かうのは湖岸のダンジョン。
そのダンジョンの側にある名前もない小さな宿場町だ。




