第56話 オーゼロでの休息
「湖の町、オーゼロへようこそ。おっと失礼、お子さんはお眠りでしたか」
ルーキス達が辿り着いたオーゼロの町の入り口。
木造のアーチ門の側で警備にあたっていた王国の駐留兵が、やって来たルーキス達に微笑みながら挨拶をするが、ルーキスに抱きかかえられて眠っているイロハを見て、声量を落として頭を下げた。
その警備の兵に「お疲れ様です」と小声で返し、ルーキスとフィリスは会釈し返してアーチ門をくぐってオーゼロに足を踏み入れる。
主要な大通りは白い石畳が敷かれ、そこから方々に土色の石畳の道や踏み固められた土の道が伸びている。
雨上がりだからなのか、プエルタやミスルトゥほど人通りは多くない。
激しい雨だったからか、コレはたまったもんじゃないと店じまいをしてしまったようで、大通りに並ぶほとんどの屋台には人の姿が見受けられなかった。
そんな閑散とした大通りを歩いていくルーキスとフィリスを「そこのお二人さん旅行かい?」と正面から歩いてきた中年男性が呼び止めた。
「旅行と言えば、旅行なのかしら?」
「ダンジョンに挑戦しようと思って、オーゼロに立ち寄りました」
「ああ〜。星空湖のダンジョンに行くのかい? という事は君たちは冒険者なのか。若いなあ」
どうやらこの男性、近くの酒場の店主らしく。
大通りの屋台の様子を見に来たところなのだそうだ。
その酒場の店主に宿の場所を聞き、ルーキス達は教えてもらった宿に向かおうとしたが「こうして出会ったのも何かの縁だ」と、酒場の店主が二人を案内してくれる事になった。
「星空湖のダンジョンはオーゼロから少し離れているからなあ。今から行くと、宿場町に到着出来るのは早くても夜だよ?」
「ああいえ。今日明日は旅の疲れをゆっくり癒そうかと思ってまして」
「そうかいそうかい。ならオーゼロの大衆浴場はおすすめだぞー。なんたって湖が見えるからな」
「湖を眺めながら風呂か、良いな」
「もう少し暖かい時期なら遊泳目的の観光客が多くてのんびりするには騒がしいが、今の泳ぐには寒い時期はご覧の通りで、観光客はまあいない。君らは良い時期に来たな」
男性に連れて来られたのは町を真っ二つに割るように伸びた、主要大通りの突き当たりを曲がり、なだらかな丘を少し上がった場所に建つ宿屋だった。
石造りの小綺麗な宿屋で、周りを囲む様に花壇が整備されている。
「さあ着いた。浴場はさっきの道を逆に行った先にある。桶とタオルの刻まれた看板が目印だ。俺の酒場は直ぐそこだから飯はウチで食っていってくれ。美味い魚料理を出すぜ?」
「道案内ありがとうございました。お言葉に甘えて夕飯はそちらの酒場で頂きます」
宿屋の前でルーキス達と別れた中年男性は、少し離れた場所にある、樽とカップが描かれた看板が掛かった家屋へと向かって行った。
それを見送り、ルーキスはイロハを前に抱え、バックパックを背中に背負ったまま宿屋へと向かい、その後ろから自分のバックパックとルーキスのハルバードを抱えたフィリスが続く。
「あら? こんな時期に珍しい。いらっしゃいませ、宵空亭へようこそ」
案内された宿に足を踏み入れると、受付カウンターの向こうで獣人族の女性が頭を下げた。
獣に寄った犬型、いや狼型の獣人だ。
白に近い灰色の体毛が全身を覆っているが、体つきは人間そのものである。
「近くの酒場の店主から案内されて来ました。良い宿だと聞いています」
「あら。ありがとうございます。全くお父さんったら。わざわざ町の入り口から一番遠い宿屋を紹介するなんて」
「お父さん?」
「すぐそこの酒場の店主は私の父です。父は冒険者だったんですけど、幼い頃に捨て子だった私を拾ってくれて」
「へえ。そうなんですねえ。じゃあ今晩、酒場にお邪魔してお話を聞かせてもらおうかな」
受付に立つ狼型の獣人族の女性の話に微笑み、ルーキスは宿泊二日分の石貨を支払うと、その女性の案内で泊まる部屋へと向かい始めた。
「お部屋は一つですがベッドは二つ。ご家族向けの広めの部屋ですので、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ。何か入り用がございましたらこの私、メアリに申し付け下さい。それでは」
案内された宿屋の二階の部屋の前。
宿屋の女主人、メアリは頭を深々と下げると立派なフサフサした尻尾を振りながら受付の方へと帰っていった。
それを見送り、ルーキス達は案内された部屋の扉を開ける。
「お〜。良い景色だな」
「うわ、スッゴ。湖が見えるじゃない」
部屋に入ったルーキスとフィリスの目に映ったのは大きめの窓の両端に掛かる白いカーテンと、窓の向こうに見える湖、星空湖のキラキラ光る湖面だった。
「当たり前のように部屋を一つにしてしまったんだが、良かったか?」
「今更ね。構わないわよ。ここまで一緒に来てて部屋を分けるなんて、私は嫌だし、イロハちゃんだって望まないわ」
「そうかい? そうだな、確かに今更かもな」
イロハを窓に近いベッドに下ろし、扉側の壁際にバックパックを下ろしていると、ルーキスの耳にズルズルと、何やら引きずる音が聞こえてきた。
振り返って見てみれば、身体強化魔法を発動したフィリスが隣り合わせになっているベッドを押して、くっ付けていた。
ひと仕事やってやったわ、と言わんばかりにルーキスに振り返り、ニヤリと笑うフィリスにルーキスは苦笑すると窓の横にあるバルコニーへと繋がる扉へ向かった。
「血は繋がっていなくても父、か」
「メアリさんの話?」
「ああ。イロハの事でちょっとな」
「養子にでも迎えるつもり?」
「そういう道も、有りかも知れないと思ったんだ」
「ルーキスがお父さんなら、わ、わ、私がおか、お母さんかしらねえ」
「はっはっは。声が上擦ってるぞ?」
ルーキスの言葉に冗談混じりで茶化そうとするも、見事に噛みまくるフィリス。
そんなフィリスに笑顔を浮かべ、ルーキスは太陽の光が反射して宝石のように輝く湖面を見つめた。
「イロハが起きたら大衆浴場に行ってみよう。夕飯はメアリさんの親父さんの酒場で魚料理だ」
「そうね。準備しておくわ」
「イロハの分も頼めるか?」
「もちろんよ。任せて」
言いながら、ルーキスとフィリスはコツンと拳同士で触れる、と微笑みながら部屋へと戻るために、見ていた景色に背を向けた。




