第53話 魔法の練習
翌朝。
ルーキス達はガツンという何かが壁にぶつかるような音で目を覚ました。
体を起こし、一様に寝ぼけ眼を擦る三人の耳に、再びガツンという音が聞こえてくる。
揃って音がした方を見てみれば、結界に向かって額の角をぶつけている兎型の魔物、角兎の姿があった。
中型犬ほどの凶悪な面をした大きな角兎が数匹。
ルーキス達を獲物と見て襲いに来たようだが、その内の二匹が逆にルーキス達の朝食になった。
「角兎の肉は柔らかくて美味いわね」
「角は持って行くんですか?」
「薬の素材になるからな。一本は町で売って一本は持って行く」
鍛練がてらに戦ったイロハにガントレットで頭を砕かれ、フィリスに肉と皮を剥がれた角兎から角を折り取ったルーキスがイロハから焼けた肉を受け取りながら微笑んだ。
「火加減大丈夫? ちゃんと焼けてる?」
「ああ大丈夫。ちゃんと焼けてる」
焚き火はせず、ルーキスが水分を操る魔法で血抜きをし。
フィリスに魔法の使い方を教え、フィリスが使った魔法で焼いた肉を頬張り、ルーキスは舌鼓を打つ。
朝食の後、逃げた角兎は追わず、ルーキスは自分で仕留めたもう一匹の角兎を解体すると焼くだけ焼いて袋に入れた。
「運良く昼飯も確保出来たし、出発するか」
「そうね。すっかり目も覚めちゃったし行きましょ。歩きながらで良いからもう少し魔法の使い方教えてくれない?」
「良いぞ。せっかくだ。イロハも魔法の勉強をしような」
「は、はい。頑張ります」
荷物をまとめ、ルーキス達は街道に戻ると湖目指して歩き出した。
その道中、フィリスの願いを聞いてフィリスには火属性魔法の基本的な使い方を、イロハにはまず魔力の基本的な使い方から教えていく。
「属性魔法で一番大切なのはイメージだ。昔はそのイメージを強固に保つ為に詠唱という技術が存在したらしいし、なんなら今でも詠唱した魔法の方が強力だ。とはいえフィリスは剣士、前衛だからな。無詠唱で魔法を使えるに越したことはない」
「確かにそれはそうね。長々と詠唱しながらなんて戦えたもんじゃないわ」
「そう言う事だ。まあフィリスは魔力自体は感知して使用する事は出来るから。さっき教えた通り、手から魔力を出力する時に火をイメージするようにな。慣れれば指先から火を出せるようにもなるぞ?」
言いながら、ルーキスは人差し指を立て、その先から蝋燭の火のような小さな火を出して実践してみせた。
それに倣ってフィリスは指先から魔力を放出、その魔力を炎に見立てようとイメージするが、フィリスの指先から出たのは小さな火ではなく、ちょっとした火柱だった。
「ビックリしたあ。出力調整が、難しいわね」
「手の上で魔力を丸く固めてそれを燃やすイメージでやってみると良い。最初は拳大の火を目指そう。制御に慣れれば自在に扱えるようになるさ」
のんびり歩きながら魔法の使い方を教わっているフィリスの隣で、イロハは初めて感じる魔力の感触にどこかむず痒そうだ。
手を繋いだルーキスの手を伝い、自分の手に流れ込んで来た魔力という物は、液体とも気体とも違う物だった。
気体よりは確かにそこにあると感じるのに、液体程は存在感の無いソレを掴む感覚が、イロハには難しいようだ。
「焦る必要はないぞ? ゆっくりで良い。俺から感じた魔力、うーむ。イロハが感じたこれが魔力かな? っていうモノが腹の少し下辺りから湧き出してくる感覚を掴むんだ。俺たちが住んでるこの世界は魔力っていう物質の底に沈んでるって考えると空気中の魔力は感じやすくなる。どっちでも良い、まずは魔力を感じる事からだ良いね?」
「お腹の下。空気の中。難しい、です」
「大丈夫大丈夫。フィリスでも使えるんだから」
「それはもちろん褒めてるのよね?」
「ん? ああ、もちろん」
ルーキスの魔法講座は街道を歩いている間しばらく続いたが、フィリスが魔力の使い過ぎで疲れてきたのを察してルーキスが止めた。
フィリスを休ませる為にも、街道を挟むように広がる林に差し掛かった辺りでルーキス達は街道の直ぐ側に腰を下ろす。
「魔法の使い過ぎには気をつけるんだぞ? 体内から一時的にでも魔力が枯渇すると倦怠感と疲労感で大変な事になるからな」
「ルーキスは枯渇した事ある?」
「無いね。昔っから鍛えてるから」
「魔力を鍛えるって何?」
「延々と外から魔力を取り込むんだ。そうすりゃ体内で精製出来る魔力も多くなるからな。まあこう言ってはいるが正直なんでそうなるかは知らんがね」
「まあ筋力強化の鍛練とかもそうだもんね。筋肉に負荷を掛ければ筋肉が鍛えられるって言うけど。正直なんでそれで筋肉が強靭になるかは分かんないし」
「そう言う事。俺たちは先人の知恵のおかげでそれが出来るって知ってるだけだ。それらを試した先人達はみんな偉大だよ」
そんな話をしながら、ルーキス達は早朝に倒し、焼いた角兎の肉を頬張る。
イロハは食事中も魔力を感じようと頑張っているのか、肉を頬張ったあと、咀嚼しながら手を握ったり開いたり、下腹部を撫でたりしながら首を傾げていた。




