第52話 街道を行く
ミスルトゥの町から旅立ったルーキス達は踏み固められた土で出来た街道を歩いていた。
時刻は夕暮れ時、振り返って見てみれば、小高い丘の上から小さく森の中の大樹とミスルトゥを囲む壁が見える。
「だいぶ歩いたな。イロハ、疲れてないか?」
「はい。大丈夫です」
「まああんな荷物背負わされてたんだもんなあ。足腰の強靭さなら俺たちより上かもな」
「私はともかく、ルーキスより強靭ってことはないでしょ」
「そうですね。わたし、屋根まで跳べる自信ないです」
オレンジ色に染まる空の下。
ルーキス達は会話を楽しみながら森を抜けた先の草原に伸びる街道を進んだ。
夜の帳が下りても月明かりと星の光で今日は明るい。
二百年前と変わらない夜空を見上げながらしばらく歩いていたが、夜も更け、腹も減り、夜風がそろそろ休めとルーキス達を撫でたので、三人は街道の近くに生えていた一本の木の根元に腰を下ろす。
「今日はここで一泊だな」
「私はもう少し歩けるわよ?」
「わ、わたしも大丈夫です」
「元気なのは良い事だが、そろそろ夜行性の魔物達が活発に動き出す頃だからな、安全第一、向かい風で体力も奪われかねん。だから、今日はここまでだ、良いな?」
「ルーキスって本当に私と同じ歳?」
「間違いなく俺は十六だが」
「ルーキスお兄ちゃんの方が大人っぽいです」
「あらあ? それは私が子供っぽいって事かしら?」
ルーキスのバックパックに縛り付けていた敷物を木の根元の草の上に広げ、そこに腰を下ろして話していると、フィリスが意地の悪い笑みを浮かべてイロハを抱き寄せ、脇をコチョコチョとくすぐった。
笑い合い、ふざけ合うフィリスとイロハ。
そんな様子をバックパックを背もたれにして体を預け、ルーキスは微笑みながら眺めていた。
「あんまりはしゃいで体力を使い果たすなよ?」
「大丈夫。大丈夫よ」
ルーキスの言葉でくすぐり合いを止めると、フィリスは自分のバックパックからミスルトゥの町から出る際に購入していたサンドイッチを包んだ紙袋を取り出した。
それをフィリスはルーキスとイロハに渡す。
「ありがとうフィリス」
「ありがとうございます」
「どう致しまして。さあ、頂きましょう」
星空の下でサンドイッチを頬張るルーキス達。
ルーキスの前で「美味しい?」「はい、美味しいです!」と笑い合いながらサンドイッチを食べている二人の姿に、ルーキスは前世の妻と娘の姿を重ね見る。
(似てるなあ。顔は違うのに。雰囲気? いや魂の在り方が似てるのか。神様は魂は輪廻、循環しているって言ってたし。フィリスがアイツの生まれ変わりって事もあるんだろうか。いや、その考え方は流石に都合が良すぎるな)
仲良く食事をしている二人を見つめて微笑むが、ルーキスは一抹の寂しさを感じていた。
静かに一人、世界から切り離されたような侘しさを感じながらサンドイッチを口に運ぶ。
味は悪くない。
美味いサンドイッチだとは思う。
しかし、ルーキスは何か物足りなさを感じていた。
「どうしたのルーキス。口に合わなかった?」
「ルーキスお兄ちゃん大丈夫ですか?」
どんな顔をしていたのだろうか。
心配そうに顔を覗きながら、フィリスとイロハがルーキスの横に腰を下ろした。
「ああいや。美味いサンドイッチだよ」
「本当に? なんだか暗い顔してたわよ? 嫌いな食材でも入ってた?」
「大丈夫。本当に、大丈夫だ」
フィリスの言葉に大丈夫だとは言うが、ルーキスの浮かべた微笑みにいつもの明るさは無い。
寂しそうなルーキスに、フィリスは深く息を吸い込んでゆっくり吐き出し、意を決すると、ルーキスの腕に自分の腕を絡めた。
フィリスの顔は真っ赤である。
「も、もしかしてホームシックなのかしら? わ、私なんかじゃ家族の代わりには、なれないかもだけど。仲間なんだからさ、ちょ、ちょっとは甘えても良いのよ?」
顔真っ赤、恥ずかしさを抑え込み、フィリスはルーキスの肩に体を預けて寄り掛かる。
すると、イロハもフィリスの反対側で抱き付きはしなかったがルーキスの隣に腰を下ろして体を預ける。
「ホームシックか。そうだな。そうなのかもな」
もう戻る事が出来ない前世の生活。
死に別れた妻の最期の言葉「生まれ変われたら、また一緒に冒険しましょうね」という言葉を脳裏に思い出しながらルーキスは目を閉じた。
目を開けば頭上には満天の星空。
横には自分に好意を抱き、想いを寄せてくれるフィリスと自分を慕う幼いイロハ。
もう戻る事が出来ない前世と今を生きる現世。
いい加減割り切らなければならない。
どちらを大事にしなければならないかなど分かりきっている話だ。
「じゃあちょっと、甘えさせてもらおうかね」
言いながら、ルーキスはこちらに体を預けるフィリスの頭に自分の頭を近付けてコツンと当てた。
その突然のルーキスの行動にフィリスは耳まで赤くする。
「ああ。あったけえなあ」
夜風が吹く決して暖かいとは言えない木の根元。
ルーキスはフィリスとイロハに挟まれて心地よい暖かさに抱かれる。
しばらくその暖かさを堪能したルーキスは、不意に頭を上げると、食べ掛けのサンドイッチを口に運んだ。
「さあ。そろそろ寝るか。フィリス、俺が結界を張るから。ってありゃ。寝ちまったか?」
ルーキスは自分の外套を外して、寝たというよりは、恥ずかしさから気を失ったフィリスに掛けると立ち上がる。
「イロハ。フィリスの横にいてやってくれ。結界魔法を張ったら今日はもう寝よう」
「は、はい。分かりました」
二人に背を向け、ハルバードを手に取り敷物から降りると、ルーキスは木の周りを歩きながらハルバードの柄の先で魔法陣を描いていく。
木を中心に四ヶ所、線で結べば十字になるように刻んだ小さな魔法陣。
ソレを同時に発動させると、淡い光を放つ四角錐の結界が表れた。
「よし。これでとりあえずは大丈夫だな」
内側から結界の壁を叩いて強度を確認し、納得したか、ルーキスは木の根元に戻るとフィリスを横抱きして敷物の上に寝かせ、その横にイロハを呼ぶ。
「イロハ。今日はちゃんと寝るんだぞ?」
「はい。今日はちゃんと寝ます」
言いながら、フィリスの横に寝転ぶイロハ。
ルーキスはフィリスのバックパックに縛ってある毛布を取ると二人に掛ける。
自分はフィリスを移動させた際に落とした外套を毛布代わりにし。
フィリスと自分で幼いイロハを挟み、守るように寝転ぶと、この日は星空と木の葉を見上げながら眠る事にするのだった。




