第42話 イロハにも装備は必要
新しい衣服とハイカットブーツを購入したイロハを連れて、ルーキスとフィリスは武具店を訪れていた。
これから一緒に旅をするうえで、必要になるであろうイロハの装備を買いにきたのだ。
幼いイロハを前線に立たせる気はサラサラ無いが、旅をしたり、ダンジョンに潜った際には危険がともなう。
武器はともかくとして、防具は必要だろうという判断での事だった。
「重装備にするわけにもいかんしなあ。とりあえずチェストプレートと、手甲、脚甲、腰当ては買うとして」
言いながら、ルーキスは武具店の店員に注文をつけながらイロハの装備を揃えていく。
その後方で、フィリスは自衛出来た方が将来的には良いのではと考え、イロハに剣を握らせるが、鬼人族の力で容易く持ち上げる事は出来ても、いかんせん訓練などした事がないイロハではまともに剣を振る事はできなかった。
「重くて持てないってわけじゃないのよねえ。大槌とかどう?」
「こらこら、やめておけ。持ち上げる力はあっても今のイロハでは武器に振り回されるだけだぞ?」
「でも、何か持たせてた方が」
「なら、こちらはいかがですか?」
防具の精算を終えたルーキスが、壁にかけられていた大槌を取ろうとしたフィリスを制止した。
とはいえ、フィリスが言うことも最もで、防具を身に付けただけではいまいち安心感には欠ける。
ではどうするかと議論するより先に、武具店の店員が二人に勧めたのは防具用の棚に置かれた手甲、ではなく。
剣や斧、槍や弓などの武器が置かれている棚に同じように並べられている防具用の手甲の上から装備する打突用、拳撃用の肘までを覆う手甲だった。
「こちらでしたら武芸の心得などなくても十分に機能を発揮できますよ? 何せ殴るだけですからね。硬度も硬く、盾としても使用可能です。いかがですか? お子様にもおすすめ出来ますよ?」
「俺たちの子ではないんだが、まあ確かに盾になるなら買いかも知れんか。いくらです?」
「そうですねえ。防具も買っていただいたんで、おまけして紅石貨一枚と紫石貨五枚でいかがでしょう」
「マケてもらっておいて買わんとは言えんな。今の予算なら買えん値段でもなし。買おう」
言いながら、ルーキスは手に持っていたイロハの装備をフィリスに渡すと、石貨の入った袋を腰から取ろうとするが、その手をイロハが止めて、泣きそうな顔でルーキスを見上げる。
「だ、ダメですよルーキス、さん。私のためにそんな大金。今日一体どれだけ私のためにお金を」
「気にするな、と言ったはずだ。もう一度言うが、気にするな、今日使った金はイロハの未来のための投資、俺たちのパーティの為の物だと解釈するんだ。良いな?」
こちらを見上げるイロハに視線を合わせるために屈み、ルーキスは真っ直ぐにイロハの目を見て話すとイロハの頬に手を伸ばして、その柔らかい頬を摘んだ。
その様子を眺めていたフィリスは苦笑する。
「良い旦那さんですね」
「旦那? ちが! まだそんな仲じゃないわ⁉︎」
「あ、ご結婚はまだでしたか、それは失礼をしました」
苦笑するフィリスに近寄り、耳打ちする武具店の女性店員の言葉に、フィリスは顔を真っ赤にして反論する。
その様子に、イロハとルーキスは顔を見合わせて苦笑した。
「早速だ。買った防具とガントレット、装備してみてくれないか?」
「あ、あの。わたし一人じゃ」
「わ、私が手伝うわイロハちゃん」
ルーキスの言葉に反応して、顔を赤くしたままのフィリスが店員の手からガントレットを受け取ると、イロハを呼んだ。
防具の着用方法を説明しながら、フィリスはイロハの新しい服の上から防具を装備していく。
その間に、ルーキスは追加で購入したガントレットの支払いを済ませた。
「出来た! どうルーキス、格好良いでしょ!」
「お〜。もうこうなると一端の冒険者だな。荷物持ちにするには惜しい」
イロハの肩に手を乗せて、自慢気にドヤ顔を披露するフィリス。
そんなフィリスの前で、イロハはルーキスとフィリスに褒められた恥ずかしさから下を向いてイジイジと手遊びしている。
「イロハの体が小さいからか、ガントレットが割とゴツいな」
「良くお似合いですよ」
ルーキスの呟きに答えるように、店員は微笑みを浮かべた。
その反応が恥ずかしくて、イロハは顔を真っ赤にして俯く。
「よし。今日買う予定だった物は全部買ったな。イロハが茹で上がる前に今日は飯食って宿に帰ろう」
「そうね。次の目的地も決めなきゃだし」
「ルーキスさん。フィリスお姉ちゃん。今日は、ありがとうございました」
「どういたしまして。さあ飯だ、飯行くぞ!」
照れながらお礼を言うイロハの頭を撫で、ルーキスは声を上げると対応してくれた武具店の店員に頭を下げて三人揃って店を出た。
そしてこのあとルーキスは二人を伴い宿の受付で聞いた異世界の料理を出してくれる料理屋を目指して歩いていく。
今日の夕食は大人から子供の間で広く愛されているカレーライスだ。
「ルーキスはカレー食べた事ある?」
「ああ。昔食った事あるぜ? フィリスは?」
「もちろん食べた事あるわよ。甘口が好き」
「俺も辛いのは苦手なんだよなあ。イロハはカレー食べた事あるか?」
「あ、いえ。わたしは」
「じゃあ今日、腹一杯食えば良いさ」
こうして三人は件の料理屋に到着。
しばらく並んで待ち、ルーキスとフィリスは席に通されるなりカレーライスの甘口を注文。
それにならってイロハも二人と同じ物を頼むと初めて食べたカレーライスの味に目を輝かせていた。




