第40話 三人で買い物へ
翌朝、ルーキスは窓から差し込む太陽の光で目を覚ました。
雲一つない晴天とは言い難いが、雨が降りそうな気配はない。
フィリスの腕に抱き着いて眠るイロハの姿と、そんなイロハを抱くように眠っているフィリスの姿に、若干寝ぼけているルーキスは前世で死に別れた妻の若かりし頃の姿を、イロハの姿に幼かったころの愛娘の姿を見る。
「おっと、いかんいかん」
気持ちよさそうに寝息をたてるフィリスの頬を撫でそうになり、その直前で完全に目を覚ましたルーキスは手を引っ込めると、少し物悲しそうな顔で二人を見下ろした。
そして前世の記憶を振り払うように首を振ると、ベッドから降りてルーキスは寝間着のシャツから着なれた旅装に着替え、二人は起こさずに部屋を出る。
「おはようございます。お出かけかい?」
「いや、ちょっとお願いがあって」
「ベッドの事かな?」
「わかりますか?」
「流石にあのベッドで三人は狭いだろうからねえ。君は金払いもいいし、今日の部屋はベッドが二つある部屋を用意するよ。出かけるなら荷物はこっちで預かっておくから、その時は声を掛けてくれ」
「ありがとう。助かります」
宿の受付で話をしながらルーキスは良いサービスのお礼にとチップを渡そうとしてズボンのポケットに入れていた紫石貨を取り出そうとするが、それを宿の受付は手を伸ばして制止した。
「チップはいいよ。昨日の紅石貨一枚で十二分だ」
「わかりました。あ、じゃあどこか良い服屋を知りませんか? これは情報料ってことで受けっとってください」
チップの支払いを一度は制止したが、ルーキスがポケットから出した石貨をカウンターの上に置きながらそんなことを言ったので、宿の受付の男は苦笑しながらそれを受け取ると、ルーキスに町で評判のいい服屋の場所を教える。
「服屋の近くにおいしい料理屋もある、寄ってみるといい。僕のおすすめは異世界由来のカレーという料理だ」
「お、カレーですか。いいですね、行ってみます」
服屋の情報のついでに料理屋の情報も手に入れて、ルーキスは二人が寝ている部屋に戻った。
部屋の扉を開けたちょうどその時、ルーキスはむくっと体を起こしてあくびをしたフィリスと目が合う。
「おはようルーキス。早いのね」
「そうか? 年寄りだからかな?」
「同じ歳でしょうに、何言ってんだか」
ルーキスにとっては冗談というわけでもないのだが、フィリスにとっては起き抜けに冗談を聞かされた状況だ。
少し困ったように膝を抱えてフィリスは苦笑すると、横で眠っているイロハの黒い髪をやさしく撫でた。
その行動がイロハの目を覚まさせる。
「おはよう」と、二人が言おうとした瞬間だった。
イロハは驚いたように目を丸くすると飛び起きて開口一番、二人に「す、すみません私! 寝過ごしてしまって! すぐに朝食の準備をします!」と慌てた様子で叫び、ベッドから急いだ様子で降りようとしたので後ろからフィリスが、前からルーキスがそれを制止した。
「あいつら子供に飯作らせてたのか」
「もう少し痛めつけた方がよかったかしらね」
二人は先日捕縛したバルチャーの面々に静かに怒り、寝ぼけているイロハをルーキスは撫で、フィリスは優しく抱きしめた。
そこでようやくイロハはちゃんと目が覚めたか、二人に助けられたことが夢ではなかったと安心し、抱きしめてくれているフィリスの服の袖をぎゅっと握る。
「あ、ごめんなさいわたし。朝から迷惑を」
「迷惑? さて、何のことかな?」
「何も迷惑なんてかけてないわよ? さあイロハちゃん、顔洗ったら準備して買い物に行きましょ」
「は、はい」
こうしてそれぞれの朝を迎えた三人は出かける準備をし、朝のミスルトゥの街に繰り出していった。
石貨の入った袋と護身用の剣だけ持ち、他の荷物は宿に預けて、ルーキスの先導で三人は宿の受付の男から聞いた服屋を目指すが、雑踏の足音に紛れて腹が鳴る音がルーキスとフィリスの耳に聞こえてきた。
「う、ごめんなさいです」
「はっはっは! そういやあ朝飯がまだだったな。服買う前にまずは飯だ、服屋の近くにうまい飯屋があるみたいなんだが、そこは帰りに寄りたいし。目に入った店に寄ってみるか」
「行き当たりばったりってのもいいわね。好きよ、そういうの」
というわけで、教えてもらった服屋への道を歩きつつ、三人は朝食をとるために小さな喫茶店に足を踏み入れた。
漂ってくるコーヒーの香ばしい良い香りがルーキスの鼻孔をくすぐる。
「いらっしゃいませ。三名様ですね、空いてる席にどうぞ」
カウンター席の向こう側、木のコップを洗っている初老の男性の言葉に一礼し、ルーキスは店の窓際に置かれている四人掛けの丸テーブルへと向かった。
そのうち一つの椅子の背もたれに手をかけて引くと、ルーキスはイロハに手招きをしてその椅子にイロハを座らせる。
それをフィリスは微笑みながら見ていたが、自分もされるとは思っていなかったらしい。
イロハの座っている横の椅子をひいたルーキスが、イロハにそうしたように自分にも同じようにしてきたのでフィリスは頬を赤くして、照れ笑いしながらルーキスが引いた椅子に腰を下ろした。
「レディーファーストってな」
「まったく。貴族じゃあるまいし」
苦笑するフィリスにニヤッと笑いながら、空いている椅子に石貨の入った袋を置き剣を立てかけ、もう一つの空いている椅子にルーキスは腰を下ろした。
そこにカウンターにいた男性ではなく、猫耳を生やした人に近い見た目の獣人の少女がメニューが書かれた紙を持って現れた。
「いらっしゃいませえ。ご注文お決まりでしたらお伺いしまーす」
「ありがとう。ゆっくり決めるよ」
「かしこまりー。ではではのちほどー。決まったら呼んでくださーい」
おっとり、のんびり、のほほんとした口調で話す店員であろう猫耳少女は三人分の水が入った木のコップを置くとペコっと頭を下げてカウンターのほうへと歩いていく。
それを見送り、三人はテーブルの真ん中に置かれたメニューが書かれた紙に視線を落とした。
「あ、あの。わたしも食べていいんですか?」
「あったりまえだろ? 好きなもん選びな。俺たちと一緒にいる間は好きなもん食わせてやるよ」
「そうよイロハちゃん。旅先で何があるか分からないんだから。食べられる時に食べておかないと」
「そういうこった。俺たちは今、旅の仲間であると同時に家族みたいなもんなんだからな。遠慮は無用だぞ? ダンジョンでそこそこ稼いだしな」
そう言って腕を組み、胸を張って「はっはっは」と、笑うルーキス。
そんなルーキスの言葉がうれしくて、イロハも笑顔を浮かべるが、その瞳には微かに嬉し涙が浮かんでいた。




