第39話 鬼人族の少女 イロハ
結局、ルーキスとフィリスが冒険者ギルドから解放されたのは夜も更けた頃だった。
ダンジョンで手に入れた魔石を換金、紫石貨より高価な紅石貨を多量に手に入れて今日は宿に帰ろうかと、ギルドを出る話を進めていたが、ルーキスとフィリスは連れてきた角の生えた少女をどうするかで悩んでいた。
「保護出来ないってなんで?」
「奴隷ってわけじゃ無いし、荷物持ちとしてギルドにちゃんと登録されてるからだと」
「ええ〜? 融通効かな過ぎじゃない?」
「この子が保護を拒否したってのもあるけどな」
フィリスに任せて体を洗ってもらった鬼人族の少女は二人と座る酒場の四人掛けのテーブルの椅子に座って俯いている。
目はフィリスとよく似た赤い目で、腰までの長い髪は根元から半ばまではルーキスのように黒く、半ばから毛先に掛けては赤色にグラデーションが掛かっている。
顔付きは可愛らしく、二人と似ているわけではないが、離れて見ると親子に間違われかねない程には二人の特徴が混じり合って見えた。
「俺達と一緒に行きたいって?」
「はい」
「どうするの?」
「まあ別に二人旅から三人での旅になるだけだしなあ。困る事はないが。でも良いのかお嬢ちゃん、俺達の旅は今のところ目的地不明の行き当たりばったりだぜ?」
「ダンジョン巡りは確定してるけどね」
甘いコーヒーを飲みながらフィリスが苦笑し、ルーキスも苦いコーヒーの香りと味を楽しみながらほくそ笑む。
そんな二人に鬼人族の少女は「なんでもします。だから連れて行ってください」と、か細い声で呟いた。
「お、なんでもするって言ったか?」
「ちょっとルーキス? それは流石に引くんだけど」
「まだ何も言ってねえだろ。何考えてんだお前は」
ルーキスの言葉に顔をしかめるフィリスに対し、眉をひそめてため息を吐くルーキス。
彼はコーヒーを口に運ぶと気を取り直してと言わんばかりに咳払いして陶器のカップを置き、席の横に置いている自分のバックパックから錬金壺の入った軽い袋を取り出して少女に渡した。
「実は俺達ちょうど荷物持ちを探しててな、荷物はそのクッソ重い錬金壺とか石貨の入った袋なんだが、持てるか?」
「え? あの」
ダンジョン内で自分より大きな荷物を持たされていたところを見ているはずなのに、軽い袋を渡して何故そんな事を聞くのかよく分からず。
それでも質問に答えないわけにもいかないので少女はルーキスからそのやたらと軽い袋を受け取ると「だ、大丈夫です。持てます」と首を傾げながら答えた。
「俺達に正式に雇われた仲間として一緒に旅をしよう。それならいつか俺達から離れたくなった時いつでも離脱出来るだろ? それが条件だが、良いか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「素直じゃないなあルーキスは」
「逆にお前さんは素直過ぎるなフィリス。で、どうだ? フィリスもそれで良いか?」
ルーキスにそう言われ、フィリスは少しばかり考えた。
口元に手を当て、少女とルーキスを交互に見て「この少女は恋敵になりえるか?」と、旅とは関係ない事に思考の大半を費やすフィリス。
しかし、こちらを心配そうに眺める少女の顔に「全く問題なし、むしろ私が面倒見るわ」と最終的に母性をくすぐられて同行を許可した。
「良し、ならこれでこの話は終わりだ。ああ、そういえば君の名前をまだ聞いてなかったな」
「あ、アマネ・イロハです」
「お? その名前の響き、ムサシの国の響きだな、西の生まれか」
「という事は名前がイロハで姓がアマネよね? じゃあイロハちゃんだ。改めてよろしくねイロハちゃん。私の事はフィリスって呼んでね」
「じゃあ俺の事はルーキスと呼んでくれ、お爺ちゃんでも良いぞ?」
「なんでお爺ちゃんなのよ。普通お兄ちゃんとかじゃ無いの?」
「んあ? そうか?」
ルーキスとフィリスの会話に初めて鬼人族の少女、イロハが笑顔を浮かべた。
可愛らしいその笑顔にルーキスとフィリスは微笑む。
こうして旅の仲間は三人になった。
ルーキスとフィリスはイロハを連れて、以前泊まった宿に向かって行くのだが、その道中でルーキスはイロハの履いている靴や着ている服がほつれたり破れたりしているのを見つける。
「明日は町で買い物だな。新しい仲間の新しい門出を祝ってパァッと石貨使うか」
「イロハちゃん可愛いからなんでも似合いそうよねえ私も服欲しいし、一緒に見ようねイロハちゃん」
「あ、ありがとうございます。フィリス、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん。良い響きだわ、もう一回言って」
「フィリスお姉ちゃん」
「可愛い!」
「興奮するなフィリス、みんな見てるぞ」
手を繋いで歩くフィリスとイロハ。
その横を歩くルーキス達三人組は顔の良さも相まってただでさえ目立つ、しかもルーキスはハルバードを肩に担ぎ、フィリスは蛮刀を腰に携えており目立たないわけが無い。
そんな三人組の一人で赤い髪の少女が急に大声を出したなら目立たない道理はなかった。
道行く通行人の大多数がフィリスに視線を向ける。
それを自覚し、恥ずかしくなって俯くフィリス。
そこからしばらく彼女は黙って宿までの道を歩いき、ルーキスとフィリスはイロハを伴って以前泊まった宿に辿り着いた。
「ただいま。部屋は空いてるかい?」
「おお! ちゃんと帰ってきたんだね。お帰りなさい、一日オーバーしたが、大丈夫、あの部屋は空いてるよ」
「連れが一人増えたんだが、大丈夫かな? もちろんカネはちゃんと払うが」
言いながら、ルーキスは紫石貨ではなく、紅石貨を一枚取り出して受付カウンターの上に置くと、後ろにいたイロハを呼んでイロハの肩に手を置いた。
「二日見ないうちに随分と大きなお子さんを産んだんだね。やるじゃないか少年」
「はっはっはあ。面白い冗談だ。この子は新しい仲間だよ。ちょっと訳ありでね」
「部屋は君達の分は空けてるが、他には無いよ? 三人で一つのベッドを使うことになるが構わないかい?」
「そうなりゃ俺は床で寝るさ」
「ではどうぞご自由に。あ、ちょっと待って。いま釣りを」
「おつりはいらない。まだ明日一日は世話になるからな」
「そりゃありがたい。では良い夜を」
「ありがとう、じゃあお休み」
こうして、受付の青年と言葉を交わしながら、石貨を払った三人は部屋へと向かい「一人だけ床では寝かせられない」というフィリスとイロハの言葉に押され、結局三人は一つのベッドで窮屈ながらに熟睡するのだった。




