第35話 対ゴブリンキング戦
「回復、ありがとう」
「礼は後、コイツをぶっ飛ばしてからな」
抱き止めたフィリスに回復魔法を使い、傷を癒したルーキスは、ハルバードを構えてこちらに駆けてくるゴブリンキングを見据えて腰を落とした。
それを見て、フィリスも剣とバックラーを構える。
一度負け、相手の実力を知った上でなお挑む。
ルーキスと共に戦えるという安心感はもちろんある。
しかしそれ以上にフィリスの胸に思い浮かんでいたのは「負けっぱなしは気に食わない」という、どちらかと言うと怒りの感情だった。
「俺がアレの攻撃を受けるから、攻めは任せるぞ?」
「受けるって、どうやって」
「こうすんのさ!」
魔法による搦手を使うだとか、フィリスのように攻撃を避ける事によって撹乱するという事をルーキスは考えていない。
こちらに砂塵を撒き散らしながら迫るゴブリンキングと同じように、ルーキスはハルバードを振り上げて真正面へと駆け出した。
「隙見て斬れ! 良いな⁉︎」
声を張り上げフィリスに言うと、接敵したルーキスはゴブリンキングが振り下ろしてきた蛮刀に向かってハルバードを振り上げた。
力で負けていれば弾かれ後退、拮抗していれば鍔迫り合いとなる状況だが、力でルーキスはゴブリンキングを圧倒。
振り下ろしされた蛮刀をルーキスは弾き上げた。
ゴブリンキングは驚愕から目を丸くし、ルーキスは楽しそうにニヤッと笑う。
そのハルバードを振り上げたルーキスの横を、フィリスが駆け抜けて体勢を崩したゴブリンキングへと向かった。
フィリスに二つの思考が浮かぶ。
一方は、チャンスに対して攻めねばという思考。
もう一方は、自分が無理だと諦めた、ゴブリンキングとの真っ向勝負に当たり前のように勝ったルーキスへの驚愕だ。
「デカい相手は足元から切り崩すか、急所への一撃で一気に決めるかだ」
王の間の扉を開ける前の休憩中、敵の情報を確認しながらルーキスがフィリスに言った言葉だ。
一撃でゴブリンキングを仕留める力はフィリスにはまだ無い。
それ故に、フィリスはゴブリンキングの股下を駆け抜け、後ろから膝裏を斬りつけた。
しかし、その体表の硬さは健在。
フィリスの一度は骨どころか腱すら断てず、表面を斬り裂くだけにとどまった。
この一撃でゴブリンキングは脅威はルーキスであると判断。
クイーンを殺された怒りもあって、ゴブリンキングはルーキスに向かって蛮刀をやたらめったらに振り回す。
本来なら冒険者パーティ数人で掛かって協力しながら防ぐ攻撃だが、ルーキスはその乱撃をお気に入りのハルバードを振り回して対抗。
ゴブリンキングと互角以上の力で武器を打ち付け合った。
「なんでわざわざ正面から」
ルーキスが魔法にも長けている事はクイーンとの戦闘跡を見ても明らかだ。
武器で打ち合って互角なら魔法も織り交ぜて戦えばアッサリ片も付くだろう。
それをしないのにはもちろん理由がある。
「このダンジョン攻略は君の鍛練も兼ねる」
ダンジョンに入る前にルーキスがそう言っていたのをフィリスは思い出してため息を吐いた。
「ダンジョンの主を相手取って鍛練って事? 上等、やってやるわよ」
ため息を吐いたあと、フィリスは苦笑しながら剣を構え、ルーキスと打ち合っているゴブリンキングに向かって再び駆け出した。
背中は無防備、隙だらけ、狙うなら首か。
体表が硬かろうが斬れないわけでは無い。
断つことは出来なくても刺すことなら可能かも知れない。
そう判断してフィリスは駆け、ゴブリンキングの後ろで剣を逆手に持ち替え跳び上がり、ゴブリンキングの背中を踏み台にもう一度高く跳び上がった。
「刺されえ!」
ルーキスに向かって蛮刀を振り下ろすゴブリンキング。
その一撃を、それまで弾きあっていたルーキスは横に跳んで軽々避け、地面にめり込んだ蛮刀の上からハルバードを叩き付けてさらに減り込ませてちょっとやそっとでは抜けないようにする。
断頭を待つ死刑囚のごとく首を垂れるゴブリンキング。
その首筋にフィリスは剣を突き立てた。
しかしフィリスにはやはり硬いか、剣は深くは刺さらない。
致命傷には至らなかった。
しかし、フィリスは諦めない。
フィリスはバックラーを利き手に持ち替えると、もう一度跳び上がり、落下の速度も利用して、拳で殴る要領でバックラーで浅く刺さっている剣の柄を打ち付けた。
「良いねえ。若いってのは」
ニコッと笑い、ルーキスはハルバードを蛮刀からどけると後ろに数歩後退る。
そこに体勢を崩したゴブリンキングが前のめりに倒れ込んだ。
喉にはフィリスの剣が貫通している。
血も吹き出し、ゴポゴポっと喉に血がたまっているのか嫌な音も聞こえてくる。
「や、やった?」
「いや、まだ完全には死んでない。でもまあ、終わりだ」
言いながら、ルーキスは最後の一撃としてハルバードを片手で振り上げ、背骨を絶たれて動けなくなったゴブリンキングの首に刃を振り下ろした。
フィリスの力では剣を刺すのが精一杯のゴブリンキング。
硬い体表を持つその巨大な灰緑色の魔物の王の首と胴は、自分より遥かに小さな人間の子供の一撃で綺麗に泣き別れする事になった。
「そんなあっさり」
「いやいや。君のおかげさ。良い一撃だった」
「あなたに言われてもねえ」
褒められて嬉しくないわけではないが、ダンジョンの主と正面きって戦えるルーキスに言われてもなあ、と複雑な心境で苦笑するフィリス。
そんなフィリスの遥か後ろ、キングとクイーンが座っていた玉座の前に魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から宝箱が出現した。
「お、攻略報酬、次の挑戦者に向けた餌が出たな」
「餌って?」
「攻略した者がお宝を持ち帰れば、同じ物かそれ以上を求める欲深な冒険者がこのダンジョンに挑戦する。それが次のダンジョンって魔物の栄養になる、かもしれない。だからアレは餌なんだ」
「なんか、そう言われると持って帰るの気が引けるわね」
「遠慮する事はねえよ。戦利品は俺たちの物だ。それを見て宝を欲しがった次の冒険者がダンジョンの餌になるってんなら、それはそいつらが悪い」
「まあそれは、そうだけど」
「だろ? さあこれでこのダンジョンとはサヨナラだ。お宝を頂いたら休憩して帰ろう」
「ええ、そうね」
二人はキングとクイーンからダンジョンの主からしか取れない赤い魔石を採集したあと、報酬の宝箱目指して歩き出す。
こうしてダンジョン攻略は終了。
二人は宝箱の中身を持ち出すと王の間から離れ、再び王の間の前の広場に腰を下ろし、休憩がてらに持ち出した宝箱の中身を整理し始めるのだった。




