第34話 VS ダンジョンの主
開いた扉の向こう、広がっている空間は歪な石柱がまばらに並び、これまで訪れたどの区画よりも広い。
石柱には光る魔石を括り付けた松明が設置され、天井を覆う光苔が明るい星空のように王の間を薄暗く照らしている。
「このダンジョンの主ってやっぱりゴブリンなの?」
「情報では膂力に長けたゴブリンキングか、魔法に長けたゴブリンクイーンが出現するってあるな」
「一体ずつならどうにかなるかしら」
「運が悪いと両方相手にするハメになるらしいぞ?」
「ダンジョンの主が二体同時はちょっと嫌かも」
ひたすらに広がっているのかと思える程に広い洞窟の様な空間を、扉から奥に向かって歩いていく二人。
そんな二人が歪な石柱が等間隔に二人を囲んでいる様に見える開けた場所に辿り着いた時だった。
石柱の間から更に奥と二人のいる空間を青い炎が灯った篝火が葬列のように繋いだ。
その青い炎に照らされて、二人から見て奥の空間に玉座のようなシルエットの岩が見えた。
「はは! 当たりを引いたな!」
「ハズレよこれは!」
二人から見えた玉座は二つ。
その一つには灰緑色の巨大なゴブリンが、もう一つには灰赤色の巨大なゴブリンが座していた。
灰緑色のゴブリンの手には巨大に見合う蛮刀が握られ、ふくよかな腹をボリボリ掻いて笑い、灰赤色の巨大なゴブリンの手には長尺の杖が握られ、その不細工な顔の頬に手を当ててせせら笑っている。
どうやら二人はダンジョンの主二体を相手取る事になったようだ。
玉座に座る二体の巨大なゴブリンはゆっくり立ち上がると一歩、また一歩とルーキスとフィリスに近付いていく。
その体躯は大の大人優に二人分で、ゴブリンというよりは、もはや豚が立ち上がったような魔物オークや、理性よりは本能で行動する鬼族オーガに近しい。
「どっちと戦いたい?」
「一人でダンジョンの主と戦うなんて荷が重過ぎるんだけど。でもまあ、戦うなら武器持ってる方かな。魔法への対抗策は、私には無いし」
「良い判断だ。だがまあ自分の命優先な。ヤバくなったら尻尾巻いて逃げろよ?」
「言い方が引っ掛かるけど、了解したわ」
石柱に囲まれた広い空間に対峙する冒険者二人とダンジョンの主二体。
ルーキスはハルバードを肩に担いでニヤニヤ笑いながら杖を手に持つゴブリンクイーンの前に、フィリスは剣とバックラーを構えて緊張した面持ちでゴブリンキングの前に立った。
蛮刀を構え、腰を落とすゴブリンキング。
杖を構え、魔力を集め始めるゴブリンクイーン。
それを見て、フィリスはゴブリンキングが武器を持っている右手側に、ルーキスは散歩するかのようにゴブリンクイーンの左手側へとゆっくり歩き始めた。
「ご機嫌如何かな女王陛下。不細工なツラだな、ドブネズミの方が愛らしい顔してるぜ?」
ルーキスの言葉を理解しているのか、あからさまな挑発にゴブリンクイーンは青筋を浮き上がらせ、眉間に皺を寄せると杖をかざす。
それに呼応しゴブリンクイーンの前に魔法陣が多数出現、魔力で生成された熱線を無数に吐き出しルーキスを襲った。
熱線が地面を焼き、小規模な爆発を起こしていく。
それを肩越しに迷惑そうに見たゴブリンキングは肩をすくめ、自身の前に立った矮小な存在に視線を落とした。
フィリスはこちらを見下ろすゴブリンキングに固唾を飲み、深呼吸したあと身体強化の魔法を発動しながらゴブリンキングに向かって駆け出す。
相対しているフィリスに向かってゴブリンキングも駆け出した。
その俊敏性たるや、ふくよかな腹部を持つ肥満体型とは思えないほどだ。
そんなゴブリンキングが手に持つ蛮刀をフィリスに向かって振り下ろす。
決して鈍重な一撃では無い。
事前に膂力に長けているという情報が無ければ無謀にもフィリスが小さなバックラーで防御していた可能性は否めない。
そうなればフィリスの腕はバックラーごとひしゃげて潰れ、運が良くても片腕を失っていただろう。
この盤面でフィリスが回避を選んだのは事前情報ありき故の事だった。
蛮刀による振り下ろしを回避したフィリスはその蛮刀を保持するゴブリンキングの手や指、腕を斬りつけていく。
ゴブリンキングから武器を奪うのが狙いだ。
しかし、そうは上手くいかないもので、硬いゴブリンキングの体表は傷こそついたものの、痛手を与えるほどには至らなかった。
「硬い! こんなの本当に倒せるの⁉︎」
脳内に過った思いがそのまま口から飛び出すフィリス。
焦りと無力感を感じながら、それでもフィリスは思考を止めず、体勢を立て直し、反撃してきたゴブリンキングの攻撃を辛くも避け、隙を見ては攻撃を加えていく。
「速いけど、あの人ほどじゃないわよアンタ!」
プエルタの街でルーキスと鍛練していた時の事を思い出しながら、フィリスは戦う。
少しずつ、だが確実に。
ゴブリンキングに傷を与えていくフィリス。
(このままなら勝てるかも)
油断していたわけではない。
それでもダンジョンの主と戦えている自分と現状に少しばかり気は緩んでいたのか、振り下ろされた蛮刀を横に跳んで避けた瞬間。
フィリスはゴブリンキングが放った拳による一撃を喰らってしまう。
「ッぐぅ」
間一髪、バックラーにて防御に成功するも、その一撃はフィリスを吹き飛ばし、石柱に叩き付けられそうになる。
フィリスの脳裏に浮かぶ痛みのイメージと、その後に続くゴブリンキングの攻撃で畳み掛けられボロボロになる自分の姿。
状況は良くない。最悪だ。
しかし、予想に反して痛みがフィリスを襲うことは無かった。
石柱にぶつかる直前で、ルーキスがフィリスを抱き止めたのだ。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。しかし君は軽いな。もう少し食って肉をつけた方が良いぞ」
軽口を叩きニコッと笑うルーキスを見て、ルーキスが相手をしていたはずのゴブリンクイーンを確認するためフィリスは目をやるが、そこには氷の槍で磔刑よろしく串刺しになり、首がもげているクイーンの姿があるだけだった。
その姿を見たのはフィリスだけでは無い。
ルーキスの出現を不穏に思い、パートナーであるゴブリンキングも振り返った。
その視線の先でキングはクイーンの変わり果てた姿を見ることになり、怒りから「グ、オオオ!」と雄叫びを上げるのだった。




