第32話 第二層の罠
休憩がてらに軽く食事をし、交代で仮眠もとったうえでルーキスとフィリスはダンジョン攻略を再開。
地図を頼りに地下二階、ダンジョンの第二層へと向かった。
「うわ、なにこれ。さっきまで石畳だったのに」
「まあ、これくらいの変化は序の口じゃないか? ダンジョンによっては全く違う環境に放り出されるからな」
「あ~。お爺ちゃんが言ってたなあ。地下に潜ってたはずなのに空を見たって」
先ほどまでの正確に切り出された石畳の通路や石の壁はどこへやら。
階段を下りきった二人の目の前に広がっているのは洞窟のような、ではなく洞窟そのものだ。
二人並んで歩いても余裕があるほど通路は広く、天井も高い。
そんな洞窟を壁や通路に張り付いている光を放つ苔が照らしている。
しかし、その光量は微々たるもので、正直視界良好とはいかない。
それ故に、本来なら松明などを使用して視界を確保するのだが、ルーキスとフィリスは事前に購入していた光る魔石を使用して光源を確保する携行型のランプを手に歩き出した。
「ダンジョンの中に空、か」
「嘘じゃないわよ? いや、まあお爺ちゃんから聞いた話であって、私が見たわけではないのだけど」
「疑ってるわけじゃねえよ。環境が劇的に変わるダンジョンってのは単純に攻略難度が高い。そんなダンジョンに潜ってたってことは、君のお爺さんはさぞ強く逞しい冒険者だったんだろうなって思ってな」
「そうよ。私のお爺ちゃんはこの国で一番の冒険者だったんだから」
事の真偽はともかく、自信満々でそういったフィリスは誇らしげにあまり無い胸を張った。
その直後、フィリスが踏んだ地面が少しばかり沈む。
それを見て、ルーキスがフィリスの首根っこを掴んで後ろに引っ張った。
引っ張られたフィリスの眼前、鼻を擦りながら折れたり錆びたりしている槍が勢いよく通過していく。
「あ、あっぶなあ!」
「気をつけろよ? 国一番の冒険者の孫がショボい罠で死ぬことになるぞ?」
「ごめん」
「謝るほどのことでもねえだろ。この場合は礼でも言って流しとけ」
そう言って、声をあげて笑うルーキスに「もう」と頬を赤らめ苦笑するフィリス。
そこからしばらく、地図を確認しては罠に注意しながら宝箱の目撃情報があった部屋に向かうが、結局はハズレ。
「まあこういう日もあるわな!」
と、笑いながら進み続けるルーキスの後ろ。
フィリスはどこか残念そうにため息を吐いた。
「目的はお宝じゃないけど。ここまで何もないなんて」
「ダンジョン周りが整備されてるくらいには攻略頻度が高いんだから仕方ないといえば仕方ない。気落ちしてる暇はないぞ? さあ、お客さんだ」
空っぽの宝箱の前で肩を落としてうなだれているフィリスが、後ろからルーキスに言われて剣とバックラーを構えながら振り返った。
その顔に先ほどまでの落胆の表情はない。
そんなフィリスの様子に、ルーキスは素直に感心していた。
(感情の切り替えが早い。悪くないな、むしろ良い。この年齢で平時と戦時の感情の切り替えを瞬時に行えるのは冒険者として生き残るうえでは大きな利点だ。祖父が国一番の冒険者かどうかはさて置き、この子は本当に良い冒険者になりそうだな)
ハルバードを手に、もしもの時に備えて構えてみるが、ルーキスの心配は杞憂に終わった。
宝箱に近づくことがトリガーとなり、二人の後ろに黒い霧から現れたのは灰緑色のゴブリンが二体。
その二体のうちの一体をフィリスはバックラーで殴りつけ、体勢を崩し転倒させる。
ゴブリン一体を転倒させたフィリスは石の棍棒を振り上げたもう一体のゴブリンの懐に跳び込み、のど元に剣を突き立てて討伐。
のそのそと立ち上がろうとしたゴブリンの頭部に剣を突き刺して二体目もやすやすと討伐してみせた。
「動けるようになってきたな」
「あなたとの鍛練が生きてる証拠ね。前ほど怖くも無くなってきたわ」
「それは重畳。なら今度の鍛練はもう少し本気でいくとしよう」
「それは無理! 勘弁して!」
ニコッと笑うルーキスに、慌てふためくフィリスの顔色はあまりよろしくない。
まあ、ハルバードを小枝を振るように振り回すような人間と本気で戦いたいと思えるほどフィリスはまだ強くないので仕方ないといえば仕方ない事だった。
兎にも角にも、出現したゴブリンから魔石を採集し、その遺体が霧と消えるのを確認した後、二人は「まあついでに」と三階層目へ向かう階段の手前の宝箱目撃情報がある区画へと向かう。
しばらく歩き、魔力節約のために水魔法ではなく、水を汲んだ革の水筒で水分補給をして座って小休止した後、二人は宝箱の目撃情報が記載された区画に到着。
山小屋程度なら収まりそうなほどの広さの区画に足を踏み入れ奥へと進んでいった。
すると。
「あ! この宝箱開いてない!」
と、蓋が閉じたままの宝箱を見つけたフィリスが駆け出した。
しかし、その後ろでルーキスは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「初めてのお宝。中身は何かしら」
ウキウキしながら宝箱の蓋に手をかけるフィリス。
しかしその瞬間、宝箱の蓋が勢いよく開き、中から大きな牙や気持ちの悪い舌が飛び出してきた。
悲しいかな、宝箱はミミックという宝箱に擬態した魔物だったわけだ。
迫る牙にフィリスはバックラーを構えようとするが、その宝箱に扮した大口の魔物はフィリスを丸呑みにせんばかりの巨体へと変化。
フィリスの顔が恐怖で引きつり、死に際の集中力でミミックの動きは遅く見えるが、フィリスには打開策が思い浮かばない。
(うかつだった! これがミミック! こんなところで私は死ぬの⁉︎)
様々な思考がフィリスの頭を巡り、もちろんその中にルーキスが助けてくれるかもしれないという淡い期待も浮かぶが、どう考えても間に合うタイミングではない。
ならせめて、その口に剣でも突き立ててやろう。
そう考えて奥歯を嚙み締め、剣を構えようとしたフィリスの視界の横が一瞬、煌めいた。
ミミックは轟音と共にフィリスの視界から消え、気が付けば奥の壁に叩きつけられ息絶えていた。
見ると雷光を纏ったルーキスのハルバードがミミックの口に深々と刺さっている。
誰がやったかなど一目瞭然。
振り返ったフィリスの視界にニヤニヤ笑うルーキスがそこにいた。
「死にかけた感覚はいかがかな?」
「もしかしてミミックだって分かってた?」
「蓋が閉じてる割に埃もかぶってないし、何よりすぐそこが下層への階段で絶対通過する通路際の区画に宝箱が残ってることはまあないだろ」
「なんで教えてくれなかったの?」
「何事も経験は大事って話だ。面白い経験できたろ? 死の間際、どんな感覚だった?」
「なんだか、全部が遅く感じたけど。いや、そんなことよりっ——!」
などと言い合っているがルーキスは内心、先ほどよりも深く感心していた。
死の間際、防御でも回避でもなく、フィリスは反撃を選んだ。
それが正解かと問われれば、正直それはわからない。
しかし、ルーキスからしてみれば満点。
最後まであきらめないその気概と姿勢に、ルーキスは前世で共に冒険をしていた妻の姿すら重ねてしまうほどだった。




