第30話 ミスルトゥのダンジョン【大樹の祠】
祠の入り口に並んで足を踏み入れたルーキスとフィリスは少しも歩かない内に下への階段に突き当たった。
ゴツゴツしているものの、正確に切り出され均一な高さの石の階段は何処かの遺跡を思わせる。
そんな階段を降りると、二人は大広間に行き着いた。
一軒家が丸々収まりそうなほどの大広間だ。
その大広間には石柱が並び、光る魔石が埋め込まれており大広間を薄暗く照らしている。
その大広間には数組の冒険者パーティが準備をしているのか、休憩しているのか会話をしていたり装備を確認したりしている。
「思ってたよりもあんまり人いないね」
「みんな攻略に出てるんじゃないか? ダンジョン内での遭遇は危険だし、タイミングを見合わせてるんだろ」
「ダンジョンでの遭遇が危険?」
「暗かったりするからな。想像してみな。視界が悪いダンジョン内で気を張っている時に武器持ったパーティ同士が遭遇するとどうなるか」
「戦闘になる?」
「まあ状況によるだろうけどな」
「あなたダンジョン初めてでしょ? なんで分かるのよ」
「いや、まあそりゃ」
フィリスの言葉にルーキスが答えようとした時だった。
大広間の奥、ルーキス達が降りてきた対面の壁際にぽっかり空いた通路への出入り口から「大丈夫か⁉︎」 「もうすぐ地上だ、頑張れ!」と複数人の声とガチャガチャと金属の擦れる音が聞こえてきた。
冒険者四人のパーティが慌てた様子で怪我をした仲間一人を抱えて大広間へと帰還したのだ。
「クソ! あのゴブリン共め」
「ダンジョンの魔物達はやはり一筋縄ではいかんな。数も質も地上の魔物達とは違うか」
「マップ通りなら地下三階の王の間まで、もう少しのはずなんだがな」
怪我人を回復薬で回復させながら、冒険者四人はダンジョンでの事を話していた。
その横を通り過ぎ、今度は別のパーティが奥の通路に入っていく。
その様子をルーキスとフィリスは遠巻きから眺めていた。
「なるほど、このダンジョンは地下三階までか。ゴブリンがいるのは確定。その他にも別の魔物がいる、と」
「あ、情報収集ってこういう事?」
「まあ今回は随分と都合良く事が運んだけどな、あとはダンジョンの地図が欲しい所だが」
言いながら、ルーキスは大広間をキョロキョロ眺める。
すると、大広間の柱の陰から筒状のカバンを肩に掛けた青年がルーキスに歩み寄って来た。
「聞こえたんだが、ダンジョンマップをご所望かい?」
「ああ。明日からダンジョンに潜る予定なんでね。貰えるのかな?」
「っは。やるかよ。地下一階、このフロアのマップは紫石貨一枚、地下二階のマップは三枚。地下三階のマップなら六枚だ」
「え? 全部で紫石貨十枚って事? 高くない? 贅沢しなきゃ一か月は優に暮らせるじゃない」
筒状の鞄を持つ青年が、鞄から取り出した筒状の地図を広げて提示した地図の値段に驚き、フィリスが声を上げた。
その横で、ルーキスは顎に手を当てて地図を見やる。
「精度は保証できるかい?」
「冒険者ギルド御用達の証拠に許可証も持ってる。マッピングクリエイターと認められている俺の地図だ、精度は保証する。もし間違いがあれば石貨は全部返す」
「分かった。買おう、地下三階までだ」
「剛気だな。そういうの嫌いじゃないぜ。よし、石貨二枚まけといてやるよ」
「いや、十枚受け取ってくれ。これは俺からアンタへの敬意の証だ」
魔物達が跋扈するダンジョンを練り歩き、一枚の紙に正確に道を記す事がいかに危険か。
前世の記憶からそれを知るルーキスは彼にそう言うと腰の袋から紫石貨を取り出し、最初に提示された十枚を差し出した。
「嬉しい事言ってくれるじゃないか。冒険者の中には文句ばっかり言ってきて、値切ってくる奴もいるってのに」
「若輩者ですが、貴方がた地図制作者の苦労は本で学んだりしていますし、親から聞いた話もありますからね。当然の対価ですよ」
ニコッと笑い、石貨を渡すルーキス。
青年はその石貨を受け取ると、地下三階までの地図とメモを一枚ルーキスに手渡した。
「これは?」
「ちょっとしたオマケさ、君らみたいにちゃんと金を払った冒険者には個人的に渡すようにしてんのさ。じゃあまあ攻略頑張ってな。死ぬなよ?」
「善処します。ありがとう」
手を振って離れていく青年。
その背後でルーキスは手渡されたメモに目を落とした。
書かれていたのは各階層に出現する魔物の情報とこのダンジョンの主の情報が書き込まれていた。
「紫石貨十枚で得られる情報としては十分過ぎるな。これなら一々情報収集する必要はなさそうだ」
「もしかして、今日の予定は」
「終わっちまったな。う〜ん。よし、飯だ飯、明日に向けて英気を養おう。せっかく来たんだ、色々見て回ろう」
「う、うん分かった」
突然訪れたデートみたいな状況に嬉しいやら恥ずかしいやら、フィリスはモジモジと手遊びしてしまう。
そんなフィリスの所作をみて、ルーキスは悪戯な笑みを浮かべた。
「なんだ。俺とのデートは嫌か?」
「デート⁉︎ あ、いや、嫌じゃない。嫌じゃないよ」
「はっはっは。君は本当に素直で良い子だな」
「もしかして、からかってる?」
「さて、それはどうかな」
ニヤッと笑うルーキスに、フィリスは眉をひそめる。
そんなフィリスに背を向けて、ルーキスは階段を上り始め、その後ろにフィリスが続く。
この後、繰り上がった予定にかこつけて、二人は内壁内側の武具店を見て回ったり、宿に戻るまでの道に出ている屋台を食べ歩いたりして時間を潰した。
「これって本当にデートなのでは」
「捉えかたは人それぞれ。だがまあ、俺は最初に言ったぞ?」
「そ、それはそうだけど」
そんな話をしながら宿に戻った二人。
ダンジョン攻略前日の夜を迎え、ルーキスはベッドの上で昨夜同様爆睡をかまし、フィリスはヤキモキしながら、それでもなんとか深夜には寝付いたのだった。




